カタバミ
「もう、なんだってんだ!!!」
路傍の石ころに当たってしまうくらいに憤りを覚える。
自分は悪くないのに、自宅待機になるとは。
大会を控えて、一層練習に熱をいれていたところだったのに。
コンビニの駐車場で煙草を吸っていたらしい。
その場に俺はいなかったのに、連中が勝手に名前を出したせいで、巻き込まれた。
たしかに一時期親しくしていたさ。けど、酒・煙草に手を出したことなんてない。
吸ってない証明なんてしようがなくて、説明出来ずに、顧問を怒鳴り付けて部室を飛び出した。
普段ならグラウンドで砂まみれの時間で、家に帰って、母親に詮索されるのが嫌で。
手持ちのお金で行ける限り、電車に乗って知らない街を歩くことにした。
「…っあ!」
言葉にならない声が出る。先ほど蹴った石ころが、道端の鉢植えに当たるところだった。
さらに、それを店先に出ていた店員に見咎められたようだ。
なんて、ツイていないのか。
罰が悪くなって、思わず。
「ごめんなさい、弁償します…」
そう言って、慌てて財布を探る。
しまった、赴くままに来てしまったから、鉢植えを購入すると、帰るお金がなくなってしまう。
困り果てて、つい、目の前の店員を眺めた。
「構いませんよ、傷付いたわけでもありませんし。
それに見るからにお金のなさそうな学生さんから、お金なんて貰えません。」
にこにこと、責めるでもなくそう言われると、なんだか自分が情けなくなってしまった。
いっそ、責められた方がすっきりしたのかもしれない。
「それより、どうしたんです?
そんな思い詰めたような表情をして。」
続けられた言葉に、なおいっそう言葉に詰まる。
いつもの悪い癖だ。突然のことに、なにも言葉を返せなくなる。
口下手、と仲良い友人からは言われるし、誤解されやすい、とも。
「ゆっくりでいいんですよ。ただの世間話ですから。」
食えない表情で、ただ、悪い意味ではなく、純粋に興味があってこちらの言葉を待っているようだ。
「学校で、嫌なことがあって…」
それだけをどうにか捻り出す。でもそれ以上続かなかった。
「そうでしたか。」
「学生さんからお金は貰えませんから、代わりにこちらを。」
「っこれは…?」
「今しがた選定したばかりのカタバミですよ。
綺麗な花を咲かすためには、1株に対して適切な数にしないといけないんです。
人間に置き換えたら、そんなひどい話はないんですけどね。」
差し出されたのは、下手すれば雑草にすら見えてしまいそうな花。
所詮自分は雑草程度か、とさらに卑屈になって下を向く。
「どんな花にも名前があるんです。雑草なんて草はないんですよ。
そして、誰にも見向きされない花だってないんです。」
見透かされたように言われて、頭を跳ね上げた。
「…っでも!訳なく疑われることだってあります!」
脈絡もなく、自分に置き換えた返答をしてしまう。
「本当に、そうでしたか?」
濃茶の眼に真っ正面から見詰められて、言葉に詰まってしまった。
言われてみれば、本当にそうだったのだろうか。
「わから、ない、です。
きちんと話せていないから…。」
にこっと、屈託のない笑顔を向けられて、背中を押された気がする。
「俺、帰ります!」
やらなきゃいけないことが見えた気がして、渡された花を潰さない程度に握りしめて、走り出した。
俺はまだ、自分は悪くない、って誰にも伝えていない。
信用されていないのかどうか、まだ決まってないじゃないか。
電車に飛び乗って、元いたところへ。
……
「先生!俺、やってません!!」