タバコ、ひとつちょうだい
パシュ、
マッチの赤い頭に火をつけ、ニコチンの塊が詰まっている黒いタバコに火をつける。
「ふぅーーー」
俺は、車のハンドルに手をかけながら渋滞の行列が動くのを体が悪くなる実感を噛み締めながら心地よく待っていた。
「……タバコやめな?」
助手席に座っていた彼女が少し嫌な感情を乗せて言ったきた。
「は?なんで」
俺もその感情に乗っかって返す。
「いや体悪くするからに決まってんじゃん」
当たり前。と言わんばかりに彼女は吐き捨てる。
「そんな当たり前なこと気にしてたら最初から吸ってるわけないだろ、こんなもん。」
俺は正論を叩きつけられ、重たい感覚に落ちる。
言葉のストレスを感じ、ニコチンでそれを補うために深呼吸の様にタバコの残りを一気に吸い切った。
「ならなんで吸うわけ?」
その問いかけに俺は、窓の外で大きな音を立て続ける雨を眺めながら少し間をあけて答える。
「………死にたいからさ」
「え、」
予想していた回答ではなかったのか、彼女は驚いた表情で固まった。
しかし、その後すぐに呆れた様にため息をして、
「なら今すぐ動脈でもなんでも切ったら?ほら、カッターかそうか?」
そう言って彼女自身の鞄からカッターを取り出して俺に向かって刃を立てた。
「おいおい、なんでそんなの持ってるわけ?」
その当然な俺の疑問に対して彼女は「護身用」とだけ言ってまるで悪役令嬢のように笑った。
「勘弁してくれ。」
俺はその笑顔とカッターに底なしの恐怖を感じ、左手でそっと彼女のカッターをしまって車の小物入れに隠した。
「あれ、死にたいんじゃなかったの?」
「ばか言うな。そんな度胸があったらそれこそ今こんなもん吸わずにカッターで動脈切ってるわ。」
「じゃあなんでそうしないの?」
「そんな度胸が俺にあるかよ。」
「はぁ?」
「俺はな、『死ぬ度胸のない死にたいやつ』なんだよ。」
俺の訳のわからない自己論に彼女は呆れてため息をついた。
そんな彼女に構わず、俺は自己論を広げる。
「そんな贅沢なガキだからよ、俺はこんなの吸ってんの。」
そう言って箱からから新しいニコチンを取り出して火をつける。
「すー、ふぅーー……」
「なんだかなぁ。そうゆうところ、相変わらずだよねぇ…。」
また彼女は呆れた。
「なに?まだまだ若々しいって?ありがとねぇ。」
「おっさんみたいなこと言うな気持ち悪い。」
「えー。俺まだ23だよ?」
あは、なんて俺は子供らしく笑い、そこから会話はしばらく途切れた。
「………ね、タバコ、ひとつちょうだいよ。」
止まっていた会話をそう新しく切り出したのは彼女の方だった。
あまりの意外な入りに俺は「え……?」と口をぽかんと開けて固まってしまう。
「お前、タバコ吸えたっけ?」
「…‥吸った事ない。」
「え、じゃあなんで?」
「いいからよこせ」
そう言って彼女はハンドルの前に置いてあった俺のタバコを取り上げ、全く手のつけていないものを一本出す。
「へー。タバコって結構大きいんだね。」
不思議そうにタバコを観察する彼女。
下から覗いてみたり、指で撫でてみたり。
匂いを嗅いだ時は「うげぇ…」としたを出して苦い顔をしていた。
吸う前からそんなんで大丈夫か?
そんな考え半分、
どんな顔するのか見てみてー
という嫌な考え半分に俺は火を用意するためにマッチを取り出そうとすると、
「あ違う、それじゃない。」
と突然に取り出したマッチを俺の手から奪った。
「は?それじゃないってなんだよ。」
その質問に、彼女はマッチを奪った手の指で俺の顔を指さして答えた。
「……それ……」
「……?……」
小さく呟き、彼女は俺の今吸っているタバコにその小さな指をむけていた。
「え……、それってつまり、この火でお前のそれに火ぃつけろってこと?」
「あーもう鈍感!」
怒りっぽく、その中に羞恥心も混ぜながら、彼女が咥えていたタバコを俺のタバコに押し付けて火をつけた。
……シュガーキス。
その言葉が浮かび、タバコの煙の様にすぐに頭の中から消えていった。
「お前…」
「………」
「どこで覚えたん?そんなエロい行動。」
「…‥もう少し、言い方ないの?」
「いやー初めてだよ。シュガーキスしたの。」
「………ばか」
細々と彼女は罵倒し、タバコを咥えながら薄く笑った。
「この私とこんなことできなるて、光栄に……うごっほぉ!?」
胸を張りながらそこまで話した彼女は突然咳き込み、涙を滲ませた。
「だはははー。だから言ったろうが。」
「ふざ、ごほぉ……お前、よくこんなまっずいの吸えるな……、ごほごぼ、」
咳き込みながら涙を流す彼女を俺は大爆笑で答える。
……変な気持ちを、誤魔化すために。
咳が治った彼女は、「もういらない。」と言って半分以上残っているタバコを前の廃柄に押し付けて処分した。
「あ!もったいないことすんなよ……」
「うるさい。こんなまずいの今すぐ辞めろ。」
「嫌だね。ストレス解消できて早死にできる。こんな一石二鳥なもの、そう簡単にやめられるか。」
俺はそう言って今吸っていたたばこのニコチンを吸い切った。
「……生きててほしいのになぁ……」
そんな彼女の小さな声を、俺はもう一本、タバコに火をつける事で答えた。
完