006●第一章④公王城《デュクストラ》、美女たちの胸と尻〈20240916再修正〉
006●第一章④公王城、美女たちの胸と尻〈20240916再修正〉
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公王城は“公王の城…デュクス・カストラ…”の略称だ。
その中心部は、、この国の最高権威者である公王の玉座を鎮座奉る広大な館、公王府となっている。
まさにその名に値する壮麗さだった。
エリシウム公国の首都エリス、人口三百万に達する大都会の中央部に一辺が六ロキメルト(我輩の前世記憶の度量衡に比較すると、六キロメートルにあたる)の巨大な正方形の城壁を築き、その外側は首都の東に面するエリス湾と、北のラア河、南のマタ河から水路をつないで、幾重にも長大な堀を巡らせている。
城門は東西南北それぞれに一か所あり、頑丈な跳ね橋で堀を渡る。
公王城の大きさを実感できたのは、西から東へと向かう車列がそのまま城の西門に入るのでなく、城壁と堀に沿ってぐるりと南側を回って、反対側の東門へと馬脚を進めたからだ。
東側の門が、大公城の正門になる。
正門前の広場とエリス湾の間には国会議事堂や宰相府、各種官庁の厳めしい建築物が軒を連ねており、鉄道のエリス中央駅や貨物専用駅、そして港湾施設など、エリスシティの重要施設が集中している。
馬車列が東門の橋を渡るとき、我輩は跳ね橋の城壁側の巻上げ装置に注目した。金属の歯車機構はよく手入れされており、操作員がついていた。有事には橋桁を迅速に跳ね上げることができると思われる。
上から見て一辺の長さ六ロキメルトの正方形の城郭には、その四隅の角の部分と、四つの辺の中央にそれぞれ要塞施設が築かれていて、砲門らしき開口部が並んでいる。それらには灯が瞬いていて、平時から警戒を怠っていないようだ。
城門の前に並んだ儀仗兵の一団が、大音声の号令のもと、大公府の公式旗と近衛隊旗を翻すと、儀典用の装飾を施した長銃を掲げて“捧げ銃”の姿勢を取る。城を警護する近衛兵だ。彼らの動作はきびきびとして隙が無い。軍帽も軍服も靴もつややかで全く乱れがない。
……確か補佐官のシェイラは、近衛隊の司令官を兼ねていたな。
そう思った僕はシェイラに、親指を立ててサムアップ・サインを送る。
「GOOD! すばらしいね。訓練が行き届いている、君の部下なんだろう?」
シェイラは戸惑いながらも、彼女にとっては生まれて初めての異世界の習慣となるサムアップ・サインを真似て返し、ニコッとほほ笑んだ。
「はい、私の部下でありますが、なによりも全員が枢鬼卿猊下の忠勇なるしもべであります。勢力は六六六名、大隊クラスですが、中核に魔法戦闘隊を擁しており、公国一の精鋭たるべく備えております!」
鞏固な自信と誇り、それがシェイラの口調に溢れていた。
そうか、と俺は思った。シェイラは俺の補佐官だが、彼女の正体は役人というよりも軍人だ。これは助かる、いかなる政治力も軍事力の前には屈することが、我輩の前世記憶に刻み込まれているからだ。軍事力なくして権力の維持はあり得ない。
しかし同時にシェイラは、“最も警戒すべき”腹心の部下ということになる。
シェイラの立場を尊重しつつも、日ごろから軍事力の正確な掌握に留意しなくてはなるまい。権力者になったからといってボーッと生きていると、いつのまにか軍事力の指揮権を彼女に奪われて、体良くお神輿に担がれてしまい、何もかも言いなりにさせられる恐れがある。
ところで魔法戦闘隊はどんな? と尋ねたかったが、聞きそびれた。
橋を渡る馬車を祝福して歓迎のファンファーレが鳴り響き、城壁の内側から、ドン、ドンと腹に響く礼砲が二十四発、続いて数百発の花火が打ちあがって首都エリスの夜空を宝石箱の煌めきで染め上げたからだ。
「おおーっ!」と僕は感嘆の叫びをあげて、窓から半身を乗り出して見上げた。「これは綺麗だ。お抱えの花火師でもいるのかい?」
「いえ、猊下」とシェイラは少し鼻を高くした。「あれは近衛隊の隊士が操る臼砲で、榴散弾を加工して無害化したものです。実戦に備えた試射を兼ねております」
常在戦場な精神の、マニアック軍人のようだ、シェイラは。それに、見た目だけを派手に演出する無駄な出費は引き締めるタイプであることも察せられた。
これは気に入った。シェイラは公城の金庫番としても、いろいろと腐心して節約に努め、財政の安定に寄与しているのだろう。地上のいかなる権力も軍事力と経済力の二つの爪が安定していなければ張り子のトラになってしまうことを、我輩は幾度となく体験して来た。王家に生まれながら、親が軍事と経済でしくじったおかげで革命やクーデターを招いてしまい、まだ年端もゆかぬ子供のうちにギロチンの露と消えたことも二度三度……
首筋をさすりながら、我輩は悪夢の記憶を追い払う。今回の転生では、しくじってはなるまいぞ。
群衆の歓呼を城門の外に置き去りにして、俺たちの馬車は城内を走る。
まるでどこかのテーマパークのように、管理の行き届いた庭園や林、池に噴水、温室やロッジ風の別邸などが、ぼんやりと街灯に浮かび上がる。
薄闇を軽やかに走りけると、目の前には意外と奥行きのある内堀の水面。そこには夜空の星々と、目に見える速さで動いていく三つの月がきらきらと映っていた。堀の向こうは……
円形の城郭だ。
「ここが大公城の本丸となる建築物です、正式名称がございませんので、通称ですが、“本丸ビル”と呼んでおります。この建物がすなわちエリシウム公国の大公府となっております」
シェイラは続けて説明してくれたが、大公府を設置している“本丸ビル”は直径が二ロキメルトほどもある、超巨大なバウムクーヘン形の建築物だ。建物の高さはおしなべて六~七階程度で、かなり低く見えるが、随所に尖塔が立ち並んでいる。尖塔は宗教的な権威のシンボルであり、見張り台も兼ねているという。
中央に直径500メルトほどの広場があり、その中心に“錬金塔”と名付けられた、高さ百メルトほどの円柱型の塔があるという。そこが大公城の中心点であり、枢鬼卿……いや、エリシウム公国の頂点に立つ支配者は公王なので、公王の権力のシンボルとなっているわけだ。
内堀の跳ね橋を渡ると、 “本丸ビル”すなわち大公府の玄関ホールに入る。馬車を数十台並べても十分に余裕のある石畳の床を幾重もの列柱で囲んで屋根を渡した、数階分吹抜けの大空間だ。
白い光沢を放つ大理石と、クリスタルの巨大シャンデリアが目を引き、そしてお定まりの大階段が緩やかに弧を描いて最上階へと続いている。
馬車を降りると赤い絨毯が歩くべき道を示しており、その先にある大階段の前には……
この館の主の御帰館をしとやかに待つ、使用人の大集団が整列していた。
僕は目を見張る、ほおーっ……とため息が出た。
全員、女性ばかりだ。
それも男性の審美眼に強烈にアピールする愛らしいアイドルタレントを選んで、ミュージカルの大団円を思わせる華やかさで集合させたかのようだ。百人は優に超えるだろう。
どうして華やかなのかというと、衣装はあくまで家政婦の制服っぽい、ふくよかなロングスカートにエプロンドレスなのだが、全て金銀のラメに飾られて、キラキラと輝いていたからだ。様々な高さで天井から吊るされた数十の王冠形巨大シャンデリアの光芒を浴びて、床には人間ミラーボールがずらりと並んだようなもの。
「彼女たちはみな、ここ大公府で猊下にお仕えする遊興冥奴でございます」
シェイラの紹介に合わせて、彼女たちは一斉にお辞儀した。
同時に甘ったるい砂糖菓子を思わせる、蠱惑的な声で合唱する。
「光あれ枢鬼卿! おかえりなさいませ、ご主人様!」
百人を超える美女がスカートの裾を持ち上げて礼儀正しくカーテシー風のスタイルで畏まる光景は大人の夢の国そのもので、さすがの我輩も雰囲気に呑まれて、うっとりと眺めてしまった。
というのは……
彼女たちのエプロンドレスに似たコスチュームの胸の部分にはハート形のカッティングが施してあり、そこにはつまり布地が無かったからだ。
ラメの光沢でキンキラ状態の服の、その部分は艶やかで、すべらかな胸のふくらみが、肌の色の濃淡の個人差はあるとはいえ、そのまま……
うーむ、たわわが五割、手ごろなおにぎりサイズが三割、小粒な李タイプが二割ってところだな……と、俺はざっと見渡して肉々しい果樹園の豊穣な実りを値踏みする。これぞ権力者の特典というものだ。
どこからともなく優雅な音楽が流れてくる。我輩の前世記憶におけるバロック音楽の『王宮の花火の音楽』とやらに似た曲想だ。楽団員の姿が見えないのは、他人の余計な目を気にすることなく、枢鬼卿の関心を目の前の胸、胸、胸、胸……に心置きなく集中させるためだろう。
胸の柔肌を露出していない従者はシェイラだけだ。といってもぴったりと肉体に密着したメタルブラックの薄衣ワンピースなので、そのフォルムは露骨すぎるほど淫らな女神様だ。居並ぶ美女を取り仕切る夜の女王様のようにも見える。
いかがでしょう、今夕の胸々軍団の出来栄えは……とでも言いたげなシェイラ。
その前で、たちまち鼻の下が伸びて、曖昧な笑みを浮かべたまま、よだれがしたたるのをこらえている俺を、赤面した僕がおろおろと自覚している……という心理的図式を隠そうと脂汗にまみれるばかりの我輩。その耳元にささやいて、シェイラは俺に行動を促す。
「どうぞ、全ての柔肌に猊下の御手を触れてやってくださいませ。みな喜びます」
「お、おい、本当に……?」と、俺は半ば恍惚として声を返す。
ここで早速、オールおさわりオッケーなのか!
「はい」とシェイラはほほ笑む。「ここに整列しております者は遊興冥奴であり、全員に“労奴契約”を結んでおりますので、ご安心ください。気に入った冥奴はいかように愛玩なさっても猊下の御随意でございます。まあ、どちらかといえば、今この場で最後まで思いを遂げられるよりは、御寝所への“お持ち帰り”をご推奨申し上げておりますが……」
……てことは何だい、帰宅早々、お城まるごと超巨大ハーレムってことだ!
下半身が欣喜雀躍し、やる気満々の姦淫天国へ一気に堕落する俺。
転生冥利、ここに尽きるではないか。据え膳食わぬは男の恥だし。つまみ食い程度ならいいだろう? おひとりワンタッチで胸の頂のボタンを窓口の呼出ベルみたいにチョンチョンと押してあげるくらいなら……
一歩、二歩と進む。居並ぶ美女たちの肌の色や顔相や髪の色やヘアスタイルは百人百様だが、だれもが例外なく、眼差しをきらきらと輝かせ、にこやかな笑みで誘ってくれる。……はい、どうぞ、猊下、いかがでしょう、人と人、愛あるスキンシップで触れ合うことは喜びでございます……と。
近づくと、手前の美女から順番に、くるっと腰を捻ってウエストのくびれを強調する、と同時にチラリと臀部が見えた。
ラメ入りロングスカートの背面三分の一ほどは三角形に大きくカットされていたのだ。すらりとした生足と、その上に生のヒップがつるりと球形の誘惑を放つ。
お、ノーブラにしてノーパン……
ごくりと唾をのみ込んでしまう。
異世界へ転生したその夜に、この破格の待遇。
僕の心臓は恥ずかしながら割れ鐘のように鳴り、鼻のてっぺんまで真っ赤に充血してしまった。そして俺はもう、下半身の欲望のカタマリと化す。
ああ……触りてえ! なでて、握って、揉みしだきたい! そしてもっと、あんなことや、こんなことを……
そこでシェイラのささやき。
「暴行は無制限、傷害は流血程度までは許されます。ですが、失明および四肢の機能が失われる重度傷害および御殺生はご容赦願えれば幸いに存じます」
「えっ?」
転生経験値の高い我輩の脳裏に、ピコンピコンとアラームが点滅した。“ちょっとだけ”どころか“骨折寸前までなら全然オッケー”な暴虐プレイまで承知しているというのか?
これは異常だ。スケベ男の“おふざけ”の域などはるかに超えている。
突然ながら大事なことが気にかかり、念のため小声で確認する。
「……その、法的な問題はないのかね? 彼女たちの基本的人権ってやつは?」
シェイラは事務的に平然と答える。
「ええ、ですから労奴契約を書面で交わしております。契約条項によりまして、自らの基本的人権が制限されることに全員が任意で同意しております。そのかわり、猊下の愛玩の程度によりまして、彼女たちが納得できる高額もしくは超高額の報酬が支払われるわけでございます」
人権はお金で買いましたのでご心配なく……というわけだ。
「そ、その報酬って、どこから出ているの?」
素朴な僕の質問に、シェイラはひそやかに答える。
「もちろん税金です」