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058●第八章⑦ワカミヤ丸の主砲、その真の威力。

058●第八章⑦ワカミヤ丸の主砲、その真の威力。



「あの大砲は何ですか」と問えば、「お目に留まりましたか」とコク船長は待ってましたとばかりに案内してくれた。

 なんのことはない、普段は被せてある保護シートを外して、わざわざ、お目に留まるように展示していたわけだ。

 船尾の最後部の半円形の露天甲板、その左右の舷側に一門ずつ、砲身長が五メルト近くある立派な大砲が、盾付きの回転台ターレットに設置されている。

 そして砲口には先端を平らにした鋼鉄の矢じりが突き出していた。

もり砲ですね、捕鯨用の」

「そうです」とコク船長、「クジラ捕りのシーズンには北の海へ遠征して、同行する五、六隻の銛砲船キャッチャーボートでズドン! と亀甲きっこうクジラを仕留めます。じつはワカミヤ丸は普通の捕鯨母船よりもスピードが出せますので、銛砲船キャッチャーボートに先回りして鯨を待ち構え、自力でもりを撃ち込むことがあるのです」

「船尾にこの二門、とすると船首楼せんしゅろうにも二門」と俺。

「そうです、船の全周に対してどの方角にも二門を指向できます」と、コク船長。「つまり、どの方向から敵が襲ってきても反撃できます。設置場所が最上甲板ですので、弾を上空へ放物線に飛ばして曲射することも容易です」

 なるほど、そういうことか。

 俺は冷たいもりの先端に触り、そして砲口の部分に指をわせた。指の感触から、塗装で隠した細い溝がわかった。

「わかりました、もりを装填しているもり砲は砲身の内側のパイプですね。この砲身は二重になっている、本来は本物の砲弾を発射する戦闘用の大砲だけど、砲腔ほうこうの中にもりを収めた直径の小さいパイプをぴっちりと差し込んで、見た目はクジラ捕りのもり砲に見せかけているわけだ」

「ご明察です」と博士。「もりとその保護パイプを前方に引き抜けば、口径12サンチの速射砲という正体を現しますのじゃ。これがワカミヤ丸の戦闘用主砲です」

「本船は戦艦や巡洋艦よりも船足が速いのですが、駆逐艦や水雷艇には追いつかれる可能性があります。その場合、最悪の事態となる前に、この12サンチ速射砲を使います」とコク船長が言い添える。「駆逐艦の主砲は口径10サンチ、水雷艇はせいぜい8サンチです。砲弾の威力が大きいこの12サンチ速射砲は仰角20度で一万メルト近く砲弾を飛ばせますので、心強い味方ですよ。もっとも、駆逐艦と水雷艇の魚形水雷トルペドは脅威ですが……」

「そうか、相手は魚雷を持っているんですね」

「船底に、もろに食らうとヤバいですね。炸薬量が戦艦の主砲並みにありますから」と、コク船長は豪快な笑顔を見せる。「しかし本船が全力を出すと魚形水雷トルペドのスピードよりも少し速いので振り切れますし、現在のところ、魚形水雷トルペドが自走できる航続距離はせいぜい千メルトなのです。モーターの電源に使う黄色の魔法石マギメタルが、海水中では減衰が早いのですな。そこで魚形水雷トルペドを発射する敵艦が千メルトの距離に接近する前に12サンチ砲で撃退することに主眼を置いています」

 説明に、実感が含まれていると感じた。

「実際に、撃ったことがおありですか」

「昨年、南の海で、ある“海蛇カイダ”の船が襲ってきまして」

「沈めたのですね」勝ったからこそ、コク船長は生きてここにいるわけだが。

「12サンチ砲の威力は十分でした。敵は鉄骨木皮てっこつもくひ小型機帆船こがたきはんせんでしたから、機関部に狙いをつけて一発で轟沈です」

「……一発だけではないですよね」

「心苦しいですが、全滅してもらいました。本船の武装についてあいつらのボスに報告されては困りますから」

 正当防衛の範囲をいささか超えるだろうが、やむをえないだろう。すかさず二発三発と撃ち込んで水中爆発、漂流する海賊は水柱の中で不運な魚たちと同じ運命を辿ったのだ。

「速射性能は一分に何発程度ですか?」

「通常一分に六発です」とコク船長。

 ワカミヤ丸はどの方向にでも二門の12サンチ砲を指向できる。二門が交互に撃てば、五秒間隔で次の弾が飛んでくる。海賊船に反撃の余裕はなかっただろう。

 非合法の海戦は非情だ、そしてこちらは生半可な海賊よりもずっと違法度の高い海賊なのだから。

「よく訓練すれば分あたり八発か九発まで向上できます」と博士が補足する。

「訓練すれば……というのは、人力で?」

「左様です、いちおうこの床下には弾薬庫から揚弾ようだんする小型エレベータを隠しておりますが、船体が被害を受けて傾いたときには人力で給弾と装填を行なわねばなりません。ありがたいことに12サンチ砲弾一発の重さは25ロキグラムで、人の手で運び易いのです。12サンチ砲よりワンランク大きな15サンチ砲は軽巡洋艦の主砲クラスになりますが、そちらは砲弾一発で45ロキグラムありまして、人力で担いで装填していては、体力的に速射を維持できません」

 より重い大砲、たとえば重巡洋艦の主砲となる20サンチ砲にもなれば、砲弾一発で百ロキグラム。人力で装填するのは不可能で機械式となり、砲身自体もあまりに重くて人力で旋回するのは困難だ。そのため電動機で回転台ターレットごと動かして首を振ることになる。これらは便利なようで欠点も大きい。船が被害を受けて停電したら、大砲が動かせなくなるからだ。

 しかも、重量がバカにならない。単装ですら大砲と砲台で百トンにもなり、そこに弾庫や揚弾ようだん装置の重さも加わる。それを民間船の最上甲板に載せるなんて、博士に言わせると「架空戦記並みにクレイジーな愚行」だとか。

 船の重心が上昇して、転覆しやすくなるのだ。

 かといって、低い甲板に設置すると水面が近くなる。船腹に砲門を開いて砲身を突き出すことになり、そこに海水の波をかぶる。“海がちょっと荒れたら撃てない大砲”なんて、無用の長物だと博士は言う。

「相手にする駆逐艦は千トン程度、こちらは一万五千トン。波が高くて船首がガブって相手が撃てない時に、船体が安定するこちらは撃てる。それでこその主砲ですからな」と博士。

 そのうえ、最上甲板なら水平に270度取れる射界が、低い甲板で砲門を開く方式だと90度ほどにまで制限されて死角が増す。

 要するに、兵器としての実用性が格段に落ちてしまうのだ。

「それらの要素を総合的に検討して、最上甲板に置ける12サンチ砲を選んだわけでして」と博士。「さらに、このクラスの砲ですと、艦砲だけでなく陸上砲としても各国で多数造られていますので、肝心の砲身をはじめ各種部品を調達しやすいのです」

 エリシウム公国の国内で大砲を入手するのはさすがに困難、となると海外の兵器メーカーから、余分な在庫を誤魔化すやり方で購入することになる。丸ごと買うと足がつきやすいので、砲身や装填機構や架台などの部品を各地から別々に横流しさせて、ワカミヤ丸の船内で組み立てたという。

 口径12サンチの砲は、船内組立てが可能な兵器として、今のところ最大のサイズだというわけだ。

 そんな話をしているところに、幹部船員の一人が駆けつけてきた。通信文の用紙をコク船長に見せると、コク船長はそれをシェイラに見せる。

「しばし失礼いたします」と二人は中座した。急な打ち合わせ事項が生じたらしい。

 生暖かい霧が立ち込めるエリス湾をながめながら、僕はサクマ博士と二人きりになった。といっても船室やマストの物陰に、護衛の鬼破番ヘルウィッチが潜んでいるのだが。

「12サンチカノン四門。自衛用の砲熕兵器ほうこうへいきとしては、確かにこれが一番適切でしょうね。駆逐艦と対等以上に砲撃戦ができる民間船、しかも中身は兵器工場。……軍事的に言えば“工作艦兼仮装巡洋艦”という分類で、もう、事実上の軍艦ですよね」

 そう話しかけて、この機会にぜひとも訊きたかった質問を投げかけた。

わけあってシェイラに直接に確認してはいないのですが、サクマ博士、彼女の真の目的は何だとお考えですか」

 そして誘い水を向けた。

「“国崩し”ですか?」

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