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055●第八章④メモ紙の束が語る無限の異世界、“あの世”から“この世”への魔法物理力の洪水がもたらす大災厄。

055●第八章④メモ紙の束が語る無限の異世界、“あの世”から“この世”への魔法物理力パワーフォースの洪水がもたらす大災厄。



 “エネルギー保存の法則”とは、「孤立系のエネルギーの総量は変化しない」という物理学でよく知られた法則の一つだ。

 例えば水の入った瓶があるとする。この瓶が、外からのエネルギーへの出入りが無い“孤立系”だとすると、瓶の中の水の一部分の温度を高めようと思ったら、他の部分から熱量カロリーを移動しなくてはならず、結果、そちらの部分の温度は低くならざるをえない。そうなることで、瓶の中のエネルギーの総量は変化しない。そういう状態のことを言う。

「そこで先にお話しした、“全宇宙の質量とエネルギーの配分率”ですよ。小生たちの通常宇宙すなわち“この世”の質量とエネルギーは全宇宙の5%にすぎず、残り95%が“あの世”であり、その内訳は27%が暗黒物質ダークマター、68%が暗黒エネルギーという、あれですな」と、サクマ博士は解説する。「さて『魔法科学マギサイエンス』の著者であるカーン・ヘルプストベルグ氏は、“宇宙全体の大きさと質量とエネルギーは恒常的に不変であるという、サー・フレッド・ホイル博士の定常宇宙論を支持する”と述べています。ホイル博士という人物の詳細は不明ですが、とても偉い学者先生であるに違いありません。その考え方はすなわち、全宇宙の質量とエネルギーの5%を占めるにすぎない“この世”は原則的に、よそからのエネルギーへの出入りが無い“孤立系”と見做みなす……という考え方ですな」

「しかし、魔法がその“孤立系”の概念を破っているんですね」と我輩。「魔法物理力パワーフォースは“あの世”から水道管で引っ張るみたいに引き出されている物理力です。“この世”が封印された瓶のように“孤立系の、閉じた世界”だとしても、私たちの生き物のタマシイに開いた霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを通じて魔法物理力パワーフォースがジャバジャバと流入してそのエネルギーが使われ、あるいは魔法石マギメタルとして固定化されたものが採掘されて、さまざまなエネルギーとして利用されていることも事実ですよね」

「おっしゃる通りです、つまり魔法の力によって、全宇宙の5%でしかない“この世”に、全宇宙の95%にもなる“あの世”から今この瞬間にもジャバジャバと、質量とエネルギーが注ぎ込まれているわけです。この状態をカーン・ヘルプストベルグ氏は大いに危惧しています。すなわち“5%vs95%”で安定していた“あの世とこの世の質量とエネルギーの関係”が日々、不安定化してゆくのではないかと」

「しかし博士、“この世”の宇宙は“5%”といっても超巨大ですよ、宇宙全体には銀河系規模の恒星集団が少なくとも数千個、あるいは一兆も二兆もあると言われますしね、魔法によって流入する余分なエネルギーは全体から見れば微々たるもの、誤差の範囲に収まるので、無視してもよいのでは?」

「おっしゃる通りです。しかしカーン・ヘルプストベルグが指摘していますのは、小生たちが生きているこのムー・スルバのような、ラグノベル(らのべ)でもっぱら“異世界”と呼ばれている“三次元並行世界”が無数に存在することです」

「いや、ちょっと待って下さいサクマ博士」我輩は口を挟んだ。「“無数の異世界”が多元宇宙マルチバースとして存在するという理論は、我輩の前世記憶ぜんせきおくにも断片的に残っていますが、多くは“多次元”を前提とした議論ですよ。世界は四次元以上の高次世界がタワーマンションみたいに無限に積み重なっていて、それぞれに宇宙が展開していて、我輩たちはそのひとつに棲んでいる。それが“異世界”のひとつであると」

「ええ、そのような多元宇宙マルチバースの考え方は存じております。しかしカーン・ヘルプストベルグの主張では、この三次元宇宙すなわち全宇宙の5%でしかない“この世”の質量とエネルギーだけで、理論上無数の異世界が存在できるとしています。せいぜい三次元に隣接する四次元の“時間”と二次元の“平面宇宙”が関係することがあっても、それ以上の次元的要素は必要ないというのです。……お疑いのようですな、では、これを見てください」

 サクマ博士はメモ紙の一枚に三角形を描いた。

「猊下がご覧になっているのは正三角形です」

 我輩は、うん、とうなずいた。

「しかし反対側から小生が観ますと、これは逆三角形です」サクマは我輩のうなずきを確認して続けた。「このメモ紙は小生たちの三次元宇宙を構成する質量とエネルギーのささやかなかたまりであると仮定しましょう。そしてこの三角形は、そこに現れた一つの“異世界”をあらわす姿形すがたかたちとお考えください。同じ質量とエネルギーによって形成された、同じ姿形すがたかたちなのですが、二人が違った角度から観測すれば、それぞれ似て異なる異世界に認識されるわけです。そして観測者が二人だけではなく、無数の転生者が同じ姿形すがたかたちの世界を、角度を変えて観測すれば、そこに無数の、似て異なる異世界が存在するのと同じことになります」

 そうすれば、人のタマシイが無限に転生しても、行き先の異世界はいくらでも無限に存在できることになる。しかも十次元とか二十次元といった難解な高次宇宙の概念を用いなくても、今ここにある三次元宇宙すなわち“この世”の質量とエネルギーだけで、いわば“需要をまかなえる”わけだ。

「さらに、ここへ“時間”の概念が加わります」そう言ってサクマは、メモ紙の束をクリップから外すと、きっちりと重ねたまま、三角形を描いたメモ紙の下に差し入れた。「このように、過去の時代の“この世”がデータとして積み重なっていきます。これも理論上、無限に積み重なり、全部まとめて三次元世界の、はるかな過去から現在までの“この世”となります。小生たちが死んでタマシイが転生するときは、こうして過去の時代の“異世界”に行くこともできるわけです」

 サクマ博士はメモ紙の束の中から一枚を引き出すと、束の一番上に置き、そこに今度は四角形を描いた。「小生の側から見て正方形、猊下の側からご覧になればダイヤ形ですな。それぞれ、似て異なる過去の異世界に転生したわけです」

 サクマ博士、というよりもカーン・ヘルプストベルグという古代人物が言うには、無数の“異世界”が時間的かつ空間的に無限に積み重なって広がる“この世”だけれど、それが宇宙全体の質量とエネルギーのたった5%でしかないこの三次元宇宙にすっぽりと収まってしまうというのだ。その理由は、同じ質量とエネルギーで構成された異世界でも、それを“観測”するやり方によって“似て異なる”世界に認識されるからだという。

 要約すれば「同じ世界でも、見る角度によって、いくらでも違った世界に見えてしまう」ということだ。これなら人それぞれが、似たり寄ったりだけど少し違う中世風異世界に転生することが無理なく可能になる。

「そうはいうものの、無限の時間と空間に無限のヴァリエーションで存在する“異世界”のひとつひとつで、“あの世”の魔法物理力パワーフォースが“この世”の異世界に滝のように流れ込んでいることに変わりはありません。とはいえ銀河系には太陽のような恒星が約2000億個あって、そうした銀河系クラスの星々の集団が数千億個から兆よりも多くあるというのですから、“あの世”からエネルギーがどれほど大量に流れ込んでも些細な量であり問題はなさそうに思えます、しかし……」

 サクマ博士はそう説明すると首をひねり、半ば考え込むような様子で結論を述べた。

「少しは影響があるかもしれません。本来、入ってくるはずのなかった“あの世”のエネルギーが魔法物理力パワーフォースとしてこの異世界に急激に……擬音化すればチョロチョロではなくドバババッと流入することによって、“この世”の時空間がペラッとズレてしまうとか、です。その場合、こうなります」

 サクマ博士は“この世”のモデルとして重ねていたメモ紙の束から、ランダムに三枚ばかり、紙の端を引っ張り出した。

「真上からご覧ください、こうなると、それぞれ時代の違う異世界が、その一部分ずつですが“一度に観測できる”という状態になりますね。しかも真上からの観測だと、それぞれの時代が同じ平面に見えてしまい、高さ、すなわち時代の差も認識されません。カーン・ヘルプストベルグが『魔法科学マギサイエンス』の中で心配しているのは、“あの世”から“この世”への魔法物理力パワーフォースの急激な爆発的流入が発生することによって、“この世”のエネルギーバランスが一時的かつ部分的に崩れて、それぞれ異なった時代の異世界があたかも同時に共存するような状態におちいってしまうのではないか、ということです。猊下げいか、カーンはこのように書いています。……この、紙の束からはみ出した異世界がそれぞれ、1966年のイギリス、1917年の中部ヨーロッパ、ペリクレス時代のギリシャだったとしたらどうだろうか、本来、時代が別々であるため、別々の“孤立系”であったはずの異世界がひとつの空間に同居してしまい、互いに歩いて渡れるようになってしまうではないか……と。カーンはこのような事態のことを、古代物理学者サー・フレッド・ホイルがあらわした空想科学仮説書『10月1日では遅すぎる』のタイトルにちなんで“ホイル博士の十月一日現象オクトーバー・ザ・ファースト”と名付けています。その詳細はよく覚えておりませんが」

「そうですか……」僕も俺も我輩も、実際にこのようなことが起こったときに自分ならどうするのか、今はまるで想像がつかなかったけれど、ひとつだけ確実にわかることを答えた。

「人々は大混乱になってしまいますね。それとも、歩いてタイムトラベルができるといって喜んで時空ピクニックに出かけるか、どちらかでしょうね」

「さようでございます猊下げいか、お分かりいただけたでしょうか。“あの世”から“この世”に魔法物理力パワーフォースが洪水のようにドカンと爆発的に流れ込んだ時、ひょっとすると時空大災害をもたらすかもしれない、ということが」

「了解しました。『魔法科学マギサイエンス』という古文書に描写された警告しとして、しかと承りましたよ。魔法石マギメタルの未知の大鉱脈を掘り当てたとしても、軽はずみに発破なんかを仕掛けて魔法物理力パワーフォースの大爆発を引き起こすようなことが無いように、気を付けておかなくては」

 そう、世界の構造は、意外とデリケートでフラフラとして不安定なのかもしれない。“この世”に無限にいくらでも存在できる異世界、しかしそれは、しょせん転生者が“観測”することによって、“観測している間だけ”、本人のために存在している蜃気楼のようなものなのだろう。なんて言ったのか、そうだ、前世記憶ぜんせきおくのどこかで“量子力学クォンタムメカニクス”によって解釈されている世界の構造が、そんな感じだったような……

「どうか、新種の魔法石マギメタルの扱いはくれぐれもご慎重に」と、サクマ博士は念を押すと、僕をワカミヤ丸のさらに上の甲板へ案内した。

 タラップを昇り、扉を抜けると、そこは上部船倉……のはずなのだが、どうみても、なにもない、がらんとした空洞だ。左右の壁面の上部に埋め込まれた白色照明でほどよく照らされた、幅15メルト、長さ百メルトほどの細長い大広間といったところか。

 天井の半分ほどはスライド式の載荷さいかハッチが並んでいて、この上は船体の一番上にあたる露天甲板となる。

 細長い空間の突き当り近くに、人が一人立っているように見えたが、目を凝らすと、それは木の板でできた人形であることがわかった。

 胸のあたりに、十字と同心円の標的を描いた人形だ。

 なるほど、下部船倉は兵器の部品工場だった。そして中部船倉は兵器の組立工場だった。

 とすると、ここはもちろん……

 兵器の試射場というわけだ。

 サクマ博士は僕の後ろに付き従っているシェイラの、さらに背後の薄闇に向けて呼びかけた。

「カオリン・チェリーウッド嬢、よろしければ、ひとつ頼まれてもらえますかな」



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