054●第八章③魔法石《マギメタル》の本質と環境問題、エネルギー保存の法則。
054●第八章③魔法石の本質と環境問題、エネルギー保存の法則。
「自分の魂の中に存在している“あの世”との結節点……霊的特異点の“質量とエネルギーの蛇口”をより大きく開いて、より多くの物理力を“あの世”から引き出して、“この世”の中で自在に活用することができる者、それが、より強い魔法使いとなります」とサクマ博士の講釈は続く。「“より強い”とはこの場合、“より高い戦闘力”を意味しますが。そもそも魔法使い……公式には魔法使と呼びますが、なにぶん人口数千人に一人ということで、あまりにも数が少ないので社会的に注目されておらず、むしろ一般には魔法石の方が身近ですな。魔法石は、その石の中に秘められた魔法物理力を適切な魔法道具で入切する手順さえ知っていれば、魔法を使えない普通人でも簡単に扱えますから。青色の魔法石は水を出し、赤色は熱を出す、両方をポットに仕込めばお湯を沸かせる。本船ワカミヤ丸のボイラーだって、要するにその拡大版です」
「ああ、それです、さっきから気になっていたことです」と僕は訊ねた。「魔法使は魂に格納された霊的特異点から魔法物理力を引き出す。それなら魔法石はどうなのですか? 魔法石の中にも霊的特異点があるということでは?」
「ああ、いえ、そうではありません猊下、魔法石は魔法物理力を蓄積している無機物です。蓄電池のようなものですな。主として霊的特異点を持つ生物の体内に魔法力が結晶化して、石のような外見を備えるようになった物質です。生物由来の物質ですが、魔法石自身は生物ではありません」
「ということは……」俺は魔法石について聞き知った知識を頭の中でかき集めた。「魔法石は、この国の西部地方で、地下ダンジョンの第七層以下に巣食っているモンスターの体内に結石していて、冒険者たちがモンスターを倒すことでその体内から採取するというけれど、それだけではないんだ」
「はい猊下、モンスターに限らず、生きとし生けるものすべてに魂があり、魂に格納された霊的特異点がわずかでも開いていれば、その体内に魔法石が結石する可能性があります。もちろんモンスターの体内に形成される魔法石は、巨大にして高品質ですが、それ以外に、大小さまざまな古代生物……小型の哺乳類や爬虫類、魚類、昆虫などにも大小さまざまな無数の魔法石が結石して、その生物が死んで堆積し、化石化して地層の一部になってからも魔法石は変質せずに姿を保ち、鉱脈化して、地下から発掘されているというわけです」
「なるほど」そこで俺は、頭の中に用意していた質問をぶつけた。これは重要なことで、ぜひともサクマ博士に確認したかったのだ。「それなら樹木や草花といった植物にも、それとも苔類や粘菌のような、微生物や菌類に近い生物にも……」
「はい、猊下、それらもみな、魂は有しております。“一寸の虫にも五分の魂”で、昆虫にすら魂があるならば、植物や微生物の魂まで否定する根拠はございません。植物にも微生物にも、小さいながら魔法石は形成されます。あくまで現在は理論上の仮説でして、実物を発見して立証されたとは申せませんが、植物や微生物由来の魔法石の地層が、第七層以下の地下に眠っていることは、学術的に確かだと考えられます」
「つまり、まだ実証されていないってことは、発掘された実例が無いというだけのことだね」
「そのように認識しております。ただ正直なところ、世の中の大半の人々は魂があるのは動物、せいぜい魚類や昆虫までで、植物や微生物には魂が無いと思い込んでいるのです。ですから、たまたま植物由来の魔法石の地層を発見しても、それが魔法石であると気づかずにスルーしているのかもしれませんな」
「もしも、そのような鉱脈を発見して、植物や微生物由来の魔法石を採掘できれば……」
「革命的な大資源となります。国力の飛躍的な増大、ひいては軍事力の恐るべき拡大、ムー・スルバの国際関係を覆すような、とてつもない影響力を発揮するでしょう」
「わかりました、ありがとう博士」
青色と赤色の魔法石を使った湯沸かしポットを初めて見て、“魔法石を制する者が世界を制する”と実感してから、少しずつ気にかかっていたことに一つの回答が得られた。
……ムー・スルバの大地には、未知の魔法石が、おそらく驚異的な規模の鉱脈となって、眠っている。
それを手に入れられれば、この国ははるかに豊かになる。
天文学的な、富だ。
他国に先んじて手にすれば、その魔法物理力で世界を指導し、世界に平和と繁栄をもたらすことができるのではないか。
くだらない独裁社会、唾棄すべき格差社会など、消し飛ばせるかもしれない。
ふと、そう思った。豊かな富は社会の不幸を解決してくれるはずだと。
そこでサクマ博士は口を開いた。
「猊下、つまらぬ愚老の小言として鼻でお笑い下さればよろしいのですが、魔法石の新たな巨大鉱脈の探索と開発は、くれぐれもご慎重になさいますよう、衷心からご忠告申し上げます」
「なぜ?」
博士の表情の裏に、辛辣なまでの猜疑心を感じて、俺は少しヘソを曲げた気分で問い返した。
魔法石の新規鉱脈を発見できれば、良いことずくめではないのか?
サクマはしみじみと述懐した。
「今は昔、昔は今のおとぎ話でございます。とある強大な帝国がございました。その富は世界最大でございました。しかしその帝国の皇帝はさらなる富を求めて魔法石の巨大鉱脈の探索に踏み切りました。軍隊を大々的に動員して、国じゅうに穴を堀り、古代のダンジョンを発掘しては爆破し、坑道を延ばし、軍事力でモンスターを討伐し、魔法石を山のように採掘し、皇帝の宝物蔵に積み上げました。そしてほどなく、国内を探し尽くした帝国は、周りの国々へ侵略を始めたのです。帝国の軍隊は隣接する平和な小国を征服しまた征服し、歯向かう者は容赦なく虐殺し、罪なき住民を奴隷にし、穴を掘らせて掘らせて、新種の魔法石を探しています。まるで魔法石の魔力に取り憑かれたかのように。奴隷となった民族は鎖につながれて地下深くのダンジョンで死ぬまで働かされ、あるいはモンスターの餌食になるばかりです。すでに数十の小さな国が全滅しました。帝国の将軍は血に染まった軍靴で死屍累々の人々を踏みつけて豪語します。“掘って掘って掘りまくれ……ドリル・ベイビー・ドリル!”と……」
そうか、わかった、と、我輩は長い溜息をついて、訊ね返した。
「あの帝国か、海の向こうの」
「左様です」
「紫色の」
サクマ博士は無言で右眼の視線を落とし、唇を嚙み締めた。
負け戦の屈辱と、蹂躙される苦しみと悲しみを自分の墓に封印するかのように。
「博士、それは、いよいよ他人事ではなくなりつつあるということですか」
サクマはうなずいた。「少なくとも、対岸の火事だとか、他山の石だとか、そのような観念的な戯言で文学していられる時期は、終わりを迎えようとしています」
我輩は数秒考えたうえで、気持ちを新たにして訊ねた。
「我々が、そうならないためには、どうすればいいと思う?」
我輩の質問に、博士は質問で答えた。
「猊下、この星ムー・スルバの地下には、古代植物の堆積が作り出した石炭や、微生物の堆積が生み出した石油、古代動物の死体が変成したメタンガスが、普通に埋蔵されています。魔法石が先に文明に浸透し大々的に普及したので、石炭や石油やメタンガスの採掘は進んでおらず、このエリシウム公国の場合、不便な西部地域で少しばかり採掘し、その地元で使われているにすぎません。世界全体でも、石炭、石油、メタンの活用は細々としたものです。それは、これらの化石燃料に対して、魔法石が取り扱いやすく、エネルギーの活用がきわめて効率的だという利点が大きいのですが、もっと本質的な違いがございます。猊下はいかがお考えですか? 化石燃料と、魔法石から得られるエネルギーの根本的な差異というのは」
我輩は不意を突かれたように黙った。そういえば、考えたこともなかったし、公王府図書館で読み漁ったラグノベルなんかには、まるで触れられていなかった。
しかし我輩の頭には膨大な前世記憶があるのだ。化石燃料の欠点は何かと考えたとたん、いくつかの単語が浮かび、魔法石のメリットが明らかになる。
「カーボンニュートラル……いや、それよりもさらに進んだ“ゼロエミッション”だ!」
「は、は、はあ?」
おそらく初めて聞く概念に、サクマ博士は面食らう。
「ああそれは、“廃棄物がゼロ”って意味ですよ。資源となる物資の加工や消費にともなって、環境を汚染する有害な廃棄物がまったく出ないってことで。……うん、確かにそうだね、石炭を採掘すれば炭塵が出るし、不要な岩石が山となる。原油はそのままでは使えない、成分をガソリンや重油やナフサに精製するコンビナートは人体をむしばむ硫黄酸化物を雲のように作り出す。メタンガスは採取するときに無駄に漏洩する。そういった環境汚染事案が、魔法石のエネルギーには完全に存在しないんだ。実際、理想的なパーフェクト・クリーンエネルギーだよ!」
「お見それしました、猊下」サクマ博士はにこにこと笑顔を見せた。「ご慧眼に恐れ入るばかりです。魔法石はまさに、穢れなきクリーンなエネルギー源、そのエネルギーを活用するまでの過程で、環境を汚す物質を“この世”に一切排出いたしません。しかし……」と、サクマはさらに一段階、質問を踏み込んだ。「魔法石が“この世”にもたらすエネルギーがかくもクリーンなのは、なぜでしょうかな? その理由はおわかりでしょうか」
「うーん」これはいささか難問だった。これまでに読んだ文献には一切書かれていない。公王府図書館に所蔵している魔法書にも、そんなことは解説していないだろう。たぶん、あまりにも基本的な魔法の常識だからだ。訳知り顔のこざかしい魔法使ならば、笑ってごまかすような真理だからだ。考えるだけ無駄……とばかりに。
魔法のエネルギーと環境問題を関連づける数寄者なんかいないはず……ただし、カーン・ヘルプストベルグという古代の変人を除いて。
彼が著した奇書『魔法科学』は、そのことについてきちんと叙述されているのだ。
しかし、我輩には前世記憶の脳内ファイルがあった。
質問の解答は、ばかばかしいほど基本的な事項であるはずだ。
そう仮定して、思いを巡らせる。そして答えた。
「化石燃料と魔法石、それぞれから得られるエネルギーの本質的な違いは、第一に、エネルギー変換効率の高さです。魔法石のほうが圧倒的に無駄なく、完全に近い質と量で、原材料からエネルギーを取り出せています」
そして本質的な解答を述べた。「要するにそれは、エネルギーの出所が異なるからです。化石燃料は“この世”の物質からエネルギーの原材料を取り出す、魔法石は“あの世”から取り出された精製済みのエネルギーです。つまり魔法エネルギーは“あの世”から“この世”に持ち込まれたエネルギー、だから“この世”においては……」
我輩は思い切りもったいぶって、サクマ博士の頭の中に浮かんでいた解答を言い当てた。
「“エネルギー保存の法則”を超越しているのです」
サクマ博士は恭しくお辞儀して最高の敬意を示してくれた。
「ご名答です」




