046●第七章③茶番劇、謎の白いツブツブ、そしてワカミヤ丸の最重要の積荷とは。
046●第七章③茶番劇、謎の白いツブツブ、そしてワカミヤ丸の最重要の積荷とは。
「内部通報って、どういうことだ?」と俺はシドに尋ねた。収税吏サルマの言葉が正しければ、何者かが正義の名のもとに教団の悪を暴こうとしたのか、それとも教団を裏切って濡れ衣を着せようとしているのか、どちらかだ。
「はい、トモミちゃんが通報しました」
「ええっ! トモミちゃんが?」
「あ、すみません猊下、彼女の自主的な通報でなく、私たちが頼んだのです。日暮れ前の、収税局の閉庁時のタイミングで、郵便受けに“ワカミヤ丸の積荷に怪しい白い粉みたいなものが隠されている”との告発文を“投げ文”してもらいました。サルマとフェンステルが“夜討ち朝駆け”をかけてくるのは明日と踏んでいたのですが、たった三時間ですっ飛んできたのはいささか想定外でして……。とんだ騒動でお待たせしてしまい、申し訳ありせん」
「いやいや、待つのは全然かまわないよ。おかげで退屈しないし……そうか、ということは、このガサ入れ自体が、こちらが仕組んだ茶番劇なんだ。でもどうしてトモミちゃんに?」
「彼女は連中に顔が割れておらず、ただの貧民少女に変装できますので、密告役に適任です。何よりも」とシドは我輩の表情をうかがうと「彼女は裏切りません」。
「なーるほど、でも、たった三時間で、閉庁後の時間なのに、よく裁判所が税務の強制調査令状を発行してくれたものだ」
「令状はどうせ偽物です、現行犯で御禁制のブツを押さえることができれば、あとから本物にすり替える算段と思われます」
「強引な連中だなあ、サルマとフェンステル」とあきれる僕。
「なにぶん、シェイラ様の天敵ですので」と、シド。「あとは連中が執念深く、思惑通りにブツを掘り出してくれるかどうか、ですけれど」
水晶玉の映像では、サルマを先頭に、収税戦隊のほぼ全員が穀刺棒を握って、麻袋の山に取りついていた。
穀刺棒の管の先端を袋に突き刺して引き抜くと、管の中に採取したメコ米の粒を手に出して確認する。
「メコ米、白米です!」
「こちらも白米です!」と報告が飛び交う。
「精米済みなのか」と、いまいましそうにサルマが言う。「白いツブツブだ。紛らわしい、御禁制の粒状麻薬と見分けがつきにくい」
「玄米のまま輸入してこちらで精米すると、一割ほど目方が減ってしまうのでね」と、シェイラは皮肉っぽく笑う。「ただの食用米なのに税関を通してくれないなんて、扱いは麻薬ザラメと同じだねえ、まったくお上の頭はどうなってんだか」
シェイラのボヤキを無視して、サルマはつかつかと麻袋の山に近づいて命じた。
「船倉はこの上下の甲板にもある、三十ロキグラムの袋が全部で推定八万個、重量二千四百トンだ。これでは埒があかない。でも、袋の山の内側に隠していても無駄だよ。全員どきなさい! 山を崩します!」
収税戦隊たちは一斉に袋から飛び退く。
サルマは両腕で何かを引き寄せるポーズをとり、唱えた。
「牽引ビーム!」
サルマの頭上に五芒星の魔法紋が輝き、魔法の牽引力が袋の山を揺さぶった。
どどどど……と、埃っぽい崩壊音を上げて、麻袋の山が手前に地滑りを起こすや、船倉甲板になだれ落ちた。
一面に米袋の土石流に襲われたような惨状を、シェイラはむっつり顔で眺める。
「かかれ!」と命じると、サルマ自身も崩れた袋の奥へと跳躍し、穀刺棒を突き刺し始めた。
「出ました!」と収税吏の一人が叫ぶ。「メコ米ではありません。やや角ばった白い粒状の結晶です!」
「こちらも出ました!」「こちらも!」と、発見の報告が入る。
採取した白い粒は、穀刺棒を傾けてU字管の短い方に入れる。そこが取り外し式のカプセルになっていて、次々とサルマに手渡される。
穀刺棒を突き刺した本人が、サンプルの怪しい白い粒に直接手を触れることはない。そうすることで、捜査する側は妙な小細工をしていないと示しているわけだ。
「よし、確認する!」と、サルマはサンプルの数粒を手のひらに載せて、まず匂いを嗅いだ。
うーんと、妙な顔をする。何やら意味ありげに見える。
「どうかね」と尋ねるフェンステルのおっさん。
うーん……とうなりながらサルマは白い粒のひとつまみを口に近づけ、やにわにペロッと舐めた。
「おい、大丈夫か!?」と、うろたえるフェンステル。
本物の御禁制品なら、ひと舐めで天国気分に昇天するほど純度の高いものがある。
が、サルマは変らず、渋い顔のままだ。
「味、わかるのか?」と不安げなフェンステル。
「わかりますよ。何種類かたんまりと舐め比べしたことがあるので」
「おいおい」
フェンステルが、たしなめる語調になったのも無理はない、一歩間違えば重大な違法行為だ。
「大丈夫ですよ、舐め比べしたのは十三歳のときですから、ご安心下さい」
「そうか、それなら刑事責任は問えないな、セーフだ」
事実なら、本人でなく親が重罰を食らう行為だが、そのことには敢えて触れず、渋面のままサルマは答えた。
「本物のザラメです」
「やった! 本物の御禁制品か?」
「いいえ、本物の粒状氷砂糖です」
「けっ、氷砂糖かい……」
フェンステルはがっくりと肩を落とした。
つまり、メコ米の袋であるとスタンプしながら、じつは中身が粒状氷砂糖であるという誤表示の袋が、袋の山の内部に相当数、混ざっていたということだ。
「これも、あれも、こっちもそうですね」サンプルを全て舐めまくって、サルマは観念した。「どれもみな、ただ甘いだけです。全部、粒状の氷砂糖です」
「とすると、告発文の“白い粉”は氷砂糖のことだったか……にしても、どうして、そんなものが積み込まれてるんだ?」
フェンステルの問いに、シェイラが答える。
「あーら、氷砂糖の袋に、誤ってお米のスタンプを押してしまったようですわ。粒状氷砂糖、つまり本物のザラメ砂糖は、わたくしたちの教会の慈善食堂で、子供達のための無料綿菓子に化けるんでござーますの、貧しいお子達は、みんな喜んで甘い甘いと褒めてくださるんですことよ……」そして皮肉たっぷりの“ざあます調”から厳しい口調に戻って、サルマをねめつけた。「こんな、ただの砂糖でも、ありがとうと感謝して大切に食べる子たちがいるんだ、三度のおまんますら食いっぱぐれて、お菓子なんか夢のまた夢なんて子供が、裏町にゴマンといるんだよ! 大人も子供も、ボチボチ餓死者が出ている。あんたたちお役人は業者を雇って、道端の屍体を片っ端から片付ける。しかし、それだけか? あんたたちは、それしかしないのか?」
「氷砂糖の袋については、輸入品目を“メコ米”から“氷砂糖”に変更せよ。陸揚げに際して、荷受け側の企業は氷砂糖として正規の関税を支払うべし。当局の命令としては、それだけだ」
と、シェイラの渾身の訴えをまたも無視して、フェンステルはそっけなく通告する。“察査完了証書”にさらさらとサインしてシェイラに渡しざま踵を返すと、立ち去りながら告げた。
「最近、砂糖は値を下げている。商売としてのうまみは薄いが、氷砂糖の陸揚げだけは合法で、税関は通関を認めてくれるさ。よかったな」
「ちっともよかねェんだよ、待ちやがれ!」
シェイラがやくざな語調で一喝した。
「倉庫じゅうに麻袋の山を散らかしてくれたじゃないか、五百トンはあるぞ、後片付けくらいしていけよ!」
「法的に義務はございませんので」
ガサ入れでブツを挙げられなかった以上、そそくさと退散するしかありんすよ……とばかりにサルマはうそぶいて、足音も低く、その場を後にした。
とはいえ、スムーズな撤収とはいかなかったようだ。
しばしばシェイラがガサ入れに抗議してふるった熱弁は、ワカミヤ丸の舷に設置した拡声器から、バシケタ埠頭の周辺区域に大音声でまき散らされていたのだ。
夜間とは言え、数百人の野次馬が集まっていた。近くの赤提灯を提げた屋台とか仮説バラックの酒場で呑んだくれていた港湾労務者がほとんどだが、中には、デート中のアベックとか称する二人組や、たまたま港を散策していた観光客も交じっている。
その人ごみに注目されながら、収税戦隊の集団が列をなして無言で電気自動車のセダンに乗り込もうとするところで……
ワカミヤ丸の傾斜路に集まったマドロス海兵が雄叫びを上げた。
「貧しい者から税金をむしり取る鬼役人ども!」
「ウーゾの公務裁量費に課税しろ!」
「政治屋の裏金を暴いてみせろ!」
「おまえたちこそ税金ドロボーだ!」
叫びと同じ文面のプラカードも振りかざして、船員たちはシュプレヒコールを盛り上げる。
「公務裁量費って何だっけ?」
単語だけは知っていたが、意味がうろおぼえなので尋ねた僕に、シドが説明してくれた。
「ウーゾ宰相の与党、ヨミン党だけに、政権を担っていくのは大変でしょうと、毎年、使い道を明らかにせず、領収書の必要がない公務裁量費、略して公裁費が税金から支出されているのです。年間二百億ネイと多額でして、そこからウーゾの配下の議員に配られていくようですが、使途不明で領収書不要ですからそのまま裏金となって政治家の懐に入り、課税もされないというので、一ネイ単位で税金を納めている庶民から非難の的となっているのです」
「そりゃそうだ」と僕。「税金くらい払わせるべきだ。もともとの財源が税金なんだから、なおさらだよ」
……といった意見に、埠頭の野次馬たちもおおむね同感であるようだ。
「そうだそうだ収税局め! お前たちは政府の犬だ!」
「税金取るなら金持ちウーゾから取れよ!」
「貧民を殺す悪代官!」
「収税局は税金ドロボー!」
船員たちに同調して叫ぶ者がいる。しかし大体が酔っ払いなので、収税戦隊は相手にせず、“聴く耳持たず我関せず”との姿勢を貫いて車両に分乗し、すぐさま整然と走り去った。
「やれやれ……これで一件落着か」
船員たちが船内に引っ込み、傾斜路に出てきたシェイラが、高級馬車から見ている俺たちにVサインで、“状況終了”を伝えると、さすがにほっとした気分になった。
シェイラはさっぱりした表情で、無数の麻袋が無茶苦茶に散らかった船内をながめると、唱えた。
「押出ビーム!」
シェイラの頭上に開く、逆さ五芒星の魔法紋。
刹那、ズザザザッ! と袋たちが整列し、元いた場所に自分で飛び込むかのように押し戻された。
水晶玉を見て、あっさりと原状復帰した船倉を確認すると、シドは我輩に言った。
「シェイラ様から許可を得ておりますのでご説明しますと、ワカミヤ丸の最重要の積荷は、メコ米でも氷砂糖でもありません……」




