045●第七章②怒りのメコ米。無ければお饅頭をお食べ……
045●第七章②怒りのメコ米。無ければお饅頭をお食べ……
若き収税吏サルマ嬢と中高年のオッサン収税吏フェンステルが率いる収税戦隊の一団は、ワカミヤ丸の傾斜路から主船倉に入った。
「ここからは、こちらの水晶玉でご覧下さい」と、シドがテーブルに金魚鉢のような大ぶりのガラス玉を置いた。高級馬車から直接に見ることのできないワカミヤ丸の船内風景が、水晶玉の下に設置された透明の魔法石から、音声付きで球体に投影される。
ワカミヤ丸のおもな船倉や作業室、船長室、重要物品を保管している場所などに仕掛けられた透明魔法石から送られてくる映像と音声を受信できるよう調整してあるのだ。
我輩の前世記憶にある“監視カメラ”と同じ用法である。
「Aチーム、ついてこい、船長室を調査する! 不審な帳簿類を見落とすなよ」
フェンステルが命じ、収税吏の一団とともに上甲板へ昇るタラップを駆け上がる。
しかし、ブリッジに続く通路の手前で、数名の船員が立ちはだかる。こちらは制服がスーツ姿の幹部要員だ。
全員が格闘技の心得があるようで、フェンステル氏に対して身体を斜めに構えると、巧みにステップを踏んで拳を突き出す。
しかし、シュッと耳元をかすめる敵の腕を難なくつかんだフェンステルは、背負い投げに払い腰に大外刈りと、たちまち船員たちをなぎ倒す。
倒された船員たちは、イテテテ……と足腰をさすって起き上がるが、すでにフェンステルたちは船長室に侵入、キャビネットを開けて帳簿類を机に山積みして、数字をチェックし始めた。
「ワカミヤ丸は、エリシン教団のトンネル出資先の子会社であるマル・シップス社から、シェイラ様個人が借りている船でして、船一隻で個人経営の企業となっています。街の八百屋とか肉屋といった個人商店と同じですね。ですから脱税……いえ、節税しやすくて、その帳簿は首都収税局の察査部が真っ先に狙うターゲット物件となっております」と、シドが説明を加える。
「そのわりには、守りが薄いなあ」と俺。「フェンステルに喧嘩を売った船員たち、みんな簡単に投げられてたじゃないか」
「かれらはスタントを訓練した“投げられ要員”です。フェンステルのガサ入れが来るとなれば必ず待機して、わざと投げられております。そうやって、いかにも怪しい帳簿か隠し財産があると思わせるのです。一種の定型的な事前手続きですね」
「これも芝居のうちか、とすると、大事な裏帳簿は……」
「ここにございます」と、シドは足元のトランクを指さした。「馬車がここへ到着した時に、シェイラ様がワカミヤ丸から真っ先に持ち出されたものです。今、船長室に隠してあるのは偽物の帳簿なのです」と、シドは不敵にほほ笑む。
「さすが、用意周到だったんだ……全て、シェイラときみが仕組んでいた通りってことか」
「全部ではありませんが、だいたいそうでございます」
なるほど、大人たちの虚々実々の駆け引きだ。
水晶玉の映像では、主船倉に陣取った女収税吏サルマが、収税吏たちのBチームを率いて、船荷を目視検査していた。
それは、鉄骨のフレームで仮設された二階建ての荷置場にギッシリと積み上げられた、無数の麻袋である。
ここは先日まで北洋の漁場で亀甲クジラを仕留め、傾斜路から引き揚げて、クジラの肉やら骨やらを解体していた現場だったが、今は綺麗に片づけられて、幅二十メルト、奥行き百メルトもの巨大船内倉庫となっている。
「サルマさん、これはみーんなメコ米、タルシス連合国のフォルニア地方で収穫した、低価格のフォルニア・メコ米ですよ。貧しい人たちのために、エリシン教団の委託を受けて輸入しようというものです。なのに、あなた方はどうして、このメコ米の陸揚げを許してくれないのですか!」
“フォルニア・メコ米”とステンシル文字で表示した麻袋の山を前にして、シェイラは収税吏に力説した。
メコ米とは、エリシウム公国の国民のほとんどが愛好している主食穀物のことだ。
公国の本島であるエリス島の中部から南部にかけての水田で、毎年、春と秋に国産のメコ米が収穫されているが、なぜか今年は価格が急騰し、昨年の三倍になろうとしている。
公国の経済はただでさえ狂乱物価と言われ、あらゆる食料品がここ数年で倍以上に値上がりし、庶民の食卓を直撃していた。
とりわけ低所得の下民階級の市民は、メコ米にありつけずに、かつてトモミが学生だった頃にこっそりと校庭で“自称芋泥棒”したものと同じ“ヤセイモ”という品種を自宅の庭で栽培して主食にしているケースが増えてきたと言われる。
シドが説明を追加してくれたので、僕は尋ねた。
「どうして、そんなに値上がりしたのかい、歴史的な不作だったの?」
「いいえ」とシド。「むしろ豊作でしたが、そこで値下がりを恐れた中間卸業者の“米公社”が、メコ米の流通量を制限して、人為的かつ計画的に値上げしたのです」
「しかし、それだと在庫がどこかで大量にダブついただろう。余ったメコ米はどうしたのかな?」
「海外に安く輸出されました。さらに余ったメコ米は廃棄されました。西部地方の底なし沼に、ダンプトラックで何万トンだか知りませんが、列をなして投棄していたそうです」
「それってムカつくぞ。主食を自国民に安く提供せず、わざと値段を釣り上げて大儲けしようなんて。しかしシド、卸業者にも競争があるだろう。安く売ろうとする業者は無かったのか? あるいは自主流通とか」
「ありません。“米公社”は政府資本で、一社だけの独占企業です。“米公社”を通さなければ、国産のメコ米は小売店に届きません。米公社の経営トップはウーゾ宰相の次男ですし、米公社を管轄する食糧省の大臣はウーゾの弟です」
「なるほどね、一族でつるんでいるのか。ウーゾは自分の次男を儲けさせる、つまり私腹を肥やすために、弟が大臣として支配している食糧省の許認可権を操って、メコ米の暴騰を仕掛けているってわけだ。普通、国内で主食穀物が不足したら、海外から輸入してでも在庫を確保して値段を抑えようとするものだが、やることが逆じゃないか……そうか、だから、ワカミヤ丸が運んできた外国米の輸入をストップさせているのか。となると、貿易省の大臣は……」
「はい、貿易大臣はウーゾの妹です。彼女は外国産メコ米の輸入禁止令を出して、こう発言しました。“米が無ければお饅頭をお食べ。ちょっとお高いかしら”と」
「嫌味な奴だな、そのうち革命になるぞ、庶民の恨みが食い物の恨みにまで達したら、いつ暴動が起きても不思議がなくなる……」と、我輩はため息をつく。
「仰せの通りです、ワガ様」とシドが答える一方で、ワカミヤ丸の船倉を映す水晶玉から、シェイラの悲痛な演説が届いてくる。
「下民の間では、今、飢餓が広がっているんだぞ。食べるものすら買えなくなっているのだ。それでもお前たちは税金を巻き上げる。ますます食べていけなくなる。そんな人々にエリシン教団が食事を提供する“慈善食堂”は大入り満員で大行列ができてるんだ! その食堂でひもじい貧民がようやく口にする一杯の粥になるのが、ここに積み上げたフォルニア・メコ米なんだ。しかも安物のメコ米だよ、あっちの国じゃ家畜の飼料なんだ。それをこっちの国の貧民はありがたくいただくのだよ。だから、頼むから通関させてくれよ、サルマのお姉さん! あんたたち収税吏の鬼の目に涙の一滴でもあるのなら、税関の連中に一言くれてやれよ! これは家畜のエサなんだから、輸入禁止令には引っかからないってさ!」
そこで、船長室から戻って来たオッサン収税吏フェンステルが口を挟んだ。
「違法な帳簿は見つからなかった。シェイラさんよ、今回は命拾いだな。しかしもうひとつ仕事が残っている。法人税法違反でなく、関税法違反の現行犯になるかどうか、だよ。サルマ、サンプリングを始めてくれ」
シェイラの熱弁は完全に無視され、二人の収税役人は自分たちの仕事だけに専念した。余計な苦情に貸す耳は持ち合わせていない、というわけだ。サルマは薄笑いを浮かべてシェイラに鎌をかける。
「さあて……怪しい、と言うよりも、危ない白いツブツブが、この麻袋の山のどこかに潜っているんじゃないかな? 見つかったら実刑間違いなしの、舐めた人間を幸せにして狂わせる御禁制の粒粒がさ。自首するなら今のうち」
「そんなもん、どこにもありゃしないよ、調べたければご自由に」と、冷たい視線でふてくされるシェイラ。
「まあ、あなたが断ってもこっちの権限でやらせてもらうけどね」と答えざま、サルマは上着の下に隠していた物を出した。金属棒に見えるが、何かの道具だ。
「なんだあれは、十手か?」と驚く俺。
「ジッテ?」とシド。
「あ、いや、前世記憶にある、中世から近世にかけて捕り物に使われた象徴的な警邏用具のことだが」
「同じものかどうか確証はありませんが、あれは穀刺棒です。金属の管で、先端の斜めにカットした部分を穀物の袋に突き刺して中身を採取します。U字形に曲っている管の短い方は、取り外しのできるカプセルでして、採取した穀物に手を触れずに持ち帰るのに使います」
なるほど、そういう道具か……と納得する。
サルマは我輩の前世記憶におぼろげに残る銭形とかいう名警部みたいに、穀刺棒を構えて啖呵を切った。
「内部通報があったんだよ、ここに粒状麻薬が大量に隠してあるってね。ほら、隠語で“ザラメ”っていうやつが」




