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033●第五章⑤免罪符カードのポイントとデザインワーク、十三種の罪と四つのバージョン。

033●第五章⑤免罪符カードのポイントとデザインワーク、十三種の罪と四つのバージョン。



「“第一次”とおっしゃいますと?」

「ああ、それは後で説明する」我輩は力説した。「免罪符の総合デザインは、まず十三種の基本的人罪ベーシックシンを決めることから始まる。十三種の最初の“一番目”は、この世におぎゃあと生まれたことで背負う、人類共通の原罪だよ。この世に誕生した瞬間から、人間は呼吸して酸素を吸い、二酸化炭素の排出を始めるし、植物や動物を食べて排泄することで資源を消費し環境を汚染する。それが“環境負荷の罪”だ。これこそ基本のキにあたる原罪と言うべきだろう」

「御意、なるほどです、エリシン教の教えでも、そこまで考えたことがありませんでしたわ、さすが枢鬼卿すうきけい!」

 おだてられると調子に乗るのが我輩の悪癖である。

「で、最後の“十三番目”の罪は、“裏切りの罪”だ。とある異世界の聖典で、救世主の十三人目の弟子が教団を裏切ったとされる故事に由来する。他者の信頼に乗じて背信行為をなすのは、概ね人類特有の罪だろう。人類ではない動物諸氏に“裏切り”という概念があるかどうかは知らないが、人類社会における“裏切り”は汚職から浮気からブルータスまで日常茶飯事、“人間は裏切る動物だ”と称してもよかろう」

「猊下、素晴らしい着眼点です、さすが枢鬼卿すうきけい!!」

 よしよしシェイラ、俺を素直に褒めるその態度、くすぐったいほど気持ちいいぞ。

「一番の罪と十三番の罪の間に、暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢の七大罪しちたいざいを配置しよう。そこへあと四種類の罪を足して計十三とする。個々の罪には分類の便宜上、番号を振ったが、罪の大きさに軽重けいちょうは無いので、一種類の罪につき全人類の誰もが背負うその重さを、たとえば煩悩の数にちなんで“百八ポイント”と設定してみよう」

「ポ、ポイント??」

 この概念はシェイラにも、いや、ムー・スルバのあらゆる宗教にも存在していなかったようだ。

「そう、この斬新な概念こそわれらが免罪符の売りだ。我輩の前世記憶ぜんせきおくでは、とある異世界で、人生はポイントで計数されることになっていた。食ったり買ったりの消費行動でポイントを貯める。そのポイントで欲しいものを手に入れるのが“生き甲斐”となるって具合だ。人はひたすらポイントを貯めるために生き、ポイントを貯められなくなったら死ぬ。生きるも死ぬもポイント次第。それが社会の掟だったなあ」

「で、でも……」シェイラは何度も瞬きして考えると、「わざわざポイントというものを貯めさせなくても、最初からポイントの分を割り引いて値段を安くすればいいのではないですか? そうすれば、一人ずつのポイントがどれほど貯まったのか管理して、合算して、商品とか現金に交換する事務の手間が省けます。その方が合理的だと思うのですが」

「おお、シェイラ、まったくだ。その通りなんだよ。だからポイント制は“経済”ではなくて“宗教”なのだ。“ポイント教”の教祖様は、欲望の象徴たる消費行動を正当化するためにポイントという“善なる架空概念”を創造したわけだよ。ポイント即ち善行の証とされるので、人々はこぞって “一日一善”の要領でポイントを貯めてゆく。しかしそれは、人間の過剰な消費行動すなわち“七つの大罪”の“強欲”を全人類的に拡大促進するという、“大罪製造装置”として働くことでもある。罪を大量生産するのだから、ポイントは本当は罪深いのだ。しかし信者の人々は、ポイントを取得して貯めることは“罪を減らすこと”だと教えられている。消費者という信者は、ポイントという善のあかしを貯めるためにますます“強欲”の罪を犯して消費を拡大し、その罪を許されるためにますますポイントという善行を貯め込もうとする。つまりポイント制こそ、“罪の生産とその免罪”を永久に繰り返すことで世界の経済を回そうという、理解しがたいほどトンデモで偉大な宗教なのだ」

「わ、わかりました! ということはポイントこそ免罪符インドゥルゲンティアの本質なのですね! ぜひ、免罪符とポイント制を結合すべきですわ!!」

「そうだろう、シェイラ。しかし罪というものはひとつひとつ重さを計量することができない。だから定数方式で、一種類百八ポイントと定める。……いや別に、千でも万でもいいのだが、最も適した数字はシドに推算してもらえばいいだろう。……とりあえず“十三の罪それぞれにつき、各人の罪の重さは百八ポイント”と仮定する。とすれば……」

 我輩は机上のメモ用紙に1から13のナンバーを振ったカードの形を並べて描きながら説明を続けた。

 “一の罪”“二の罪”……と続いて、“十三の罪”、この十三枚のカードがそれぞれの罪に適応した免罪符となる、これでワンセットだ。

「で、このワンセットを、高級から低級まで、計四バージョンつくるのだ」

 最低バージョンの免罪符は“木”のランク。木目調の印刷を施したボール紙で十分だ。値段は一枚で百ネイ、子供のお小遣いでも買えるようにする。

 そして“木”の免罪符はみな、免罪ポイントが一ポイントしかなく、券面に小さく“1/108”と、“免罪ポイントパワー”が表示される。

 一人が一枚百ネイで百八枚、計一万八百ネイを投資すれば、その人の一種類の罪がめでたく“フル免罪”となる。

「すなわち、“木バージョン”の免罪符は、貧しい庶民とその子供たちに向けた、“格安のお札”ということですね。言葉は悪いですが“貧民ルンピーカード”と言うのでしょうか。“下民ダウナ”の中でも下層となる労奴レイバント階級の人々でも購入しやすい価格帯ですね」

「そうだ、その上に、お金持ちの富裕層から中間層に向けて、“金”“銀”“銅”それぞれの金属塗装を施した三バージョンを加える。こちらの免罪符はより高価格にするので、素材はボール紙でなく圧縮固化した豚皮紙とんぴしや、できれば合成樹脂にしたいところだね」

 免罪符のお値段は“木”バージョンが一枚百ネイであり、“銅”が一枚で千ネイ、“銀”が一万ネイ、“金”が十万ネイとなる。

 ただし、“金”“銀”“銅”の免罪符カード一枚ごとの“免罪ポイントパワー”はハズレに近い“2/108”から大当たりともいえる“108/108”のフル免罪まで多岐にわたる。これをランダムに印字するのだ。

 で、どのような形態で販売するかと言うと……

「袋とじ方式だ」

 “金”“銀”“銅”“木”、いずれのバージョンも、それぞれの色の小さな紙袋に封入して販売する。

 四つのバージョンのどれを買うかは自分で選べるが、十三種の罪のいずれかを選ぶことはできないし、それぞれのカードの免罪ポイントを知ることもできない。

「開けてのお楽しみ、なんですね」とシェイラ。「当たりはずれがあると射幸心に燃えて、一枚買えばもう一枚……となりそうですね。結果が良くても悪くても、神様の思し召しとなりますので、教会が怨みを買わずに済むのがありがたいです」

「だろう? そうだシェイラ、免罪符が世間に十分に普及するまでは、通信販売はせずに、教会などを経由して店頭販売するように。人を集めて売り込むんだ」

「はい! 教会の美撒ミサ会とか慈善バザールのビンゴ大会など、信者の皆さんが集まる場所で頒布すれば、裕福な人ほど他者の目を意識して、“木”のバージョンでなく“金”“銀”のバージョンをお買い求めになるでしょう! 見栄を張りたがる虚栄心の高い人物ほど、“金”に手を出さざるを得ませんね」

「“わたしは最低でも金でなくてはね、オホホ……”な、プライドの高いセレブさんのために、十三種の罪の中に“虚栄の罪”を入れよう。その免罪符、売れるかもね、ご本人でなく旦那か奥様の方に。本人は絶対に罪の意識なんか無いので、近親者がプレゼントしてあげるのだ」

「ほほほ……」とセレブっぽく笑うシェイラ。「さすが、ワガの旦那、商魂が、あ・こ・ぎ!」

「わっ!」

 次の瞬間、俺は執務席から飛ばされ、背後の出窓の手前のソファに背中をしたたかに打ち付けて、床にころんでいた。

「いででで……シェイラ! 手加減しろよ!」

「あっ、ああっワガ様、ごめんなさい! なんという粗相をしましたこと!」

 かなり面白かったのだろう、「あ・こ・ぎ!」で美魔女は俺に親愛の肘鉄ひじてつをくらわしてしまったのだ。シェイラがお詫びのしるしに背中のファスナーを開けて鞭を差し出す前に、すかさず我輩は「おあずけっ!」と叫ぶ。

 粗相のたびにいちいち鞭打ちをおねだりされていたら、仕事が進まない。

「それはともかく大切なのは、免罪符カードに、単なる免罪機能だけでなく、エモーショナルな付加価値を備えることだ。カードのおもての面は全て同じデザインで、“免罪符”のタイトルと、天母コスモマザースライムーンを美少女神に戯画化したキャラクターで豪華に飾る。アール・ヌーヴォー調がよかろう、キャラがミュシャ風で、背景にガレ風のタッチをミックスして……」

 シェイラがきょとんとしたので、「あ、我輩の前世記憶ぜんせきおくにあるアーティストだ、気にしなくていい」と繕う。シェイラもそれで合点して、「あとでエリシン教会のステンドグラスと絵葉書のデザイン工房から見本帳を持ってきますので」となった。

 そして肝心なのは、免罪符カードの裏の面だ。

「十三種類の罪それぞれを象徴する魔物を、エリシン教の正義の女神様や正義の美男子騎士イケメンナイトが成敗している図柄にしたい。それを“金・銀・銅・もく”の四バージョンを合わせて、合計52枚のイラストで構成する。全部集めたら見ごたえのある絵巻物になるようにね。たとえば“色欲の罪”のカードが、悪役のサキュバスを貞淑の女神アルテミスが懲らしめている図式になると仮定すると、貧者向けの“木”のバージョンなら、善悪キャラのどちらもしっかり着衣して、武器は持たないか、地味なものとする。しかし“銅”から“銀”そして“金”へと昇格するにつれて、善悪キャラの両者が持つ装備はより高級なものに進化する。弓矢とか打撃棍棒メイスとか鎖鎌くさりがまとかヌンチャクとか重機関銃や対戦車砲パンツァーシュレックを追加するとかね。それに並行して、善悪キャラともに、着衣は少なく小さくなってゆき、肉体的露出度を上げる。生足をガバッと見せるとか、バストポロリとか、“金”クラスになったらほぼ裸でいい」

「え、えええっ?」我輩の指示をメモりながら、シェイラはあっけにとられる。「魔物をやっつけて私たちを免罪してくださる神様が、そんなのでよろしいのですか? 免罪符自体が色欲の罪にまみれて不甲斐ない! ……って、教会の導師さまから突き上げがきてしまいますよ」

「だから“袋とじ”で販売するんだよ。“金”カードを購入するのは富裕層だ。すなわち裸同然の女神様や下半身と筋肉モリモリの美男子騎士イケメンナイトを目撃するのはセレブたちさ。彼らはいちいちそれを教会の導師様に見せたりはしない。“色欲の罪”が認められたら導師に取り上げられてしまうからね。自分たちだけでこっそりと楽しんで隠すだろうさ。もしも教会の導師から苦情が来たら、それは導師が自分で袋を破って中身を確認したことになるから、自分の財布からキッチリと現金購入してもらおう」

「ワガ様、完璧です!」

「いでっ、いててっ!」

 悦びのあまり繰り出された美魔女の肘鉄ひじてつがまたも脇腹に命中してしまった。かなり手加減してくれたのだが、しばらくは息も付けない痛さである。

「ああっワガ様、お許しを!」

 シェイラが背中を見せたところで……

「おあずけっ!」

 脇腹をさすりさすり、話を続ける。

「裸はいいが、表情やポーズをエロくしないように。キャラがキリリとして精悍ならば、それはポルノでなくアートだ」この時、我輩の脳裏には、とある異世界で見た『民衆を導く自由の女神』という名画が浮かんでいた。「女神さまが色気抜きで元気で明るく勇壮なら、バストポロリでも全然問題ないからね。そのあたりの絵画的表現は微妙だが、コンプライアンス上、間違いのないように作画アーティストの皆さんに徹底してくれたまえ」

「かしこまりました! でも、あの……」

「何か質問でも?」

「はい、ワガ様、“戦争の罪”は扱いをどうしましょう。人の罪の中では最も大きく、かつ特殊な分野だと存じますが」



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