031●第五章③免罪符作戦。【★20241207原稿修正★】
031●第五章③免罪符作戦。【★20241207原稿修正★】
「い、いんど、いんどる、免罪符??」
シェイラが目を白黒させたので、どうやらこの世界では過去に免罪符を発行した教会はなさそうだ。
それならやれる! これはビッグなビジネスチャンスだ!
「シェイラ、免罪符ってのは、教祖様が神様のお墨付きをもらって“貴公の罪、これを免じ救いを与える”と証明するお札のことだ。信者はなぜエリシン教の教会を訪れて祈り、懺悔し、贖罪のために寄進するのか? それは何よりも“自分だけは現世の罪を許されて天国行きの切符をつかみたい”という都合のいい利己心があるからだ! そして世のビジネスは例外なく、消費者の利己心に付け込んでヒットする。その最たるものが教会の権威を笠に着る免罪符だ! ……なんちゅーても人間の利己心をダイレクトに射抜く最強の付加価値を備えたブツなんだからね」
「そ、そんな凄いものがあるとは、このシェイラ、短かからぬ人生で初めて知りました」
「そうだ、この世界には無かったのだ……」
理由は明白だ。エリシン教会はこれまで、神の教えに逆らう行為には“異端”のレッテルを貼り、“異端は罪である”と広言してきた。そして“異端の指定”があれば即時に、ウーゾやベジャールなど政権の権力者たちは、刑法の“国教異端罪”を適用して、政府に不満を持つ人々を簡単に弾圧できたのだ。政府を批判する者が署名活動をしただけで教会が“異端指定”すると、ただちに逮捕投獄、そして絞首刑までためらわない。
要するに政府は、気に食わない国民をお手軽に弾圧するために、エリシン教の“異端指定”をインスタントな逮捕の口実に利用してきたわけだ。
そんな状況なので、教会が“異端指定”と“逮捕投獄”の間で「やっぱり罪を許しましょう」などと口を差し挟むことは、手続き的にも時間的にも不可能であり、だから“免罪符”というものを思いつくことすらできなかったのだ。
しかし先日、我輩が枢鬼卿布告第一号を発布したことで状況が変わった。
教会が“異端指定”しても、それだけなら罪を問わないことになったのだ。だから政府が国教異端罪で“いきなり逮捕投獄する”ことができなくなった。
ただし教会が、“異端を指定することをやめる”とは書いていない。
正確には、“異端を指定するが、罪には問わない”ということだ。
これは巧みなレトリックだ。
教会が信者と神様の間を取り持って、“異端者は罪深い、あなたもそうだ。だから教会の力で神様に頼んで、その罪を許してあげますよ”という権限を残しているからだ。
しかし信者にとっては、教会の懺悔室の中で導師から、“あなたの罪は許されますよ”と口頭で説諭されるだけでなく、できることなら、“これさえ持っていれば異端の罪を免れる”という、心強くて便利な証明書を発行してもらえれば、もっとありがたいはず。
それがすなわち、“免罪符”。
ということで、枢鬼卿布告第一号が布告されたことで、はじめて免罪符の発行が大手を振って可能になったわけだ。
我輩は以上のことをシェイラに説明した。そして付け加えた。
「免罪符は有料だ、カネを取る。信者であろうがなかろうが、お金さえ払えば手に入れることができる! エリシン教団はこれを山ほど売りまくるのだ! さすればガッポリのガバチョ、金貨ザクザク札束ドムドムドッサリコ!」
「わ、ワガ様! まさかそんな巨万の富が、この赤字教団にもたらされるのでございますか!」
「おお、シェイラ、感激してくれるのか! 嬉しいぞ」我輩も感極まって、一獲千金の夢に紅潮するシェイラのキンキラキンの両目を見つめた。「そうだ、その輝く両目には$《ドル》マークが浮かんでいるではないか、しかも縦棒二本のゴールデンドルマークだ! これこそ吉兆、二人で大儲けしようじゃないか!」
「ど、どる?」シェイラが戸惑って言い直した。「ルドでしょうか、ルドならございます」
シェイラは机のメモ用紙に“ルドマーク”を書いた。
“弗”。
「そうか、逆S字に縦棒二本でルドなのか」
「そうです、タルシス連合国の通貨単位です。世界最強の通貨ですわ。一弗がエリシウム公国通貨の360ネイにあたります」
「ようし、目指すは初年度売上、百億弗だ!」
「そ、そんな大金は夢のまた夢、免罪符がそこまで成功するなんて……信じてよろしいのでしょうか?」
「まあ、そいつはよくわからんが……初年度売上百億ルドはさすがに盛りすぎたかな?」と自問して、前々世だか前前々世あたりの記憶をたぐると……
「思い出した! 確かある異世界で、“二酸化炭素排出権”という名の免罪符を国家間で取引して、そのトレードの金額規模が……」頭の中で通貨単位を置き換える。「……百億ルドをはるかに超えているぞ! やればできる、われらがエリシン教の免罪符を、世界中に輸出して売りまくるのだ!」
我輩は力説した。「さらに有利なことに、これはエリシン教会の専売特許となるのだよ。政府や民間企業が同じものを売っても、ただのパチモン、偽物だ。神様の御利益が詰まったホンモノはエリシン教会の総本山であるこの公王府で、教祖である公王様の名のもとでしか印刷できない。完璧な独占ビジネスとなるわけだ!」
「で、でも猊下……」ここまできてシェイラの眼差しに不安がよぎる。「免罪符の発行を、神様はどう思われるでしょうか? 天母スライムーン様のお許しが、何よりも先に必要だと思われるのですが」
「ああ、あれ、あの月形のご神体か」神に仕える枢鬼卿にあるまじき、罪深い態度を慎むことなく、我輩は鼻先でフフンとせせら嗤った。「あいつの正体は見切っている。ただのでっかいスライムさ。芯に金属の宇宙船を隠していると思うが、やつは単なる化学物質だ、畏れることはない」
「げ、猊下!」
シェイラの美貌に、天に向かって唾を吐く転生男の傲慢をたしなめるかのように、怒りにも似た緊張が走ったのを、我輩は見た。直ちに謝り、言葉を修正する。
「ああ、すまん、つい興奮して良からぬ思想を口走ってしまった。我輩が悪かったよ。枢鬼卿として誠に罪深い異端の行状であった……」としみじみと懺悔して手を組み、天のスライムーンへ祈りを捧げると、ペロッと舌を出してやった。
「でも、枢鬼卿布告第一号で、“異端は無罪”と定めてしまったから、僕ちゃん無罪だよ! それに自分で自分の免罪符を買うからね」
あっけにとられるシェイラ。
そんな我輩の言動こそ世界最低のいじましい独裁者そのものだったのだが、エリシン教団を赤字の泥沼から救い上げる最高のアイデアに酔いしれる我輩は、もはやおケツまくり状態で、そんなことを気に掛けておれなかった。
教団の財政破綻は、いわば地獄落ちに等しい、ここは蜘蛛の糸にすがってでも赤字地獄から脱出する希望をつかまねばならないのだ。
しかしシェイラは気に掛けてくれた。
免罪符の発行は、神の御意志に背くのではないか……と。
エリシン教団は大きい。教会の導師のだれかが免罪符の販売に宗教的疑問を抱き、本山の公王府に対して反動の旗揚げをする可能性は十分にある。これを未然に防ぐためには……
要するに、時間だ。教団内部から免罪符事業への反動の機運が膨張して爆発寸前になるまでに、事業をスパッと停止する勇気も必要だ。
新しい事業を起こすときには、万が一失敗した場合の出口戦略を用意しておくのが賢明だ。バカな経営者は「背水の陣で社運を賭ける、エイエイオー!」と景気づけだけは戦国武者気取りでイッチョマエに吶喊して破綻して、その前に粉飾決算で誤魔化して官憲に摘発されて世間に恥かいて終わるのが常である。
事前に手を打てる経営者だけが生き残って再起を図れる。
そのタイミングは……
前世記憶に残る異世界の実例を思い起こす。
たしかマインツのアルブレヒト大司教が贖宥状という名の、いわゆる免罪符を発行してから、これに異を唱えた正義漢のマルティン・ルター師が破門されるまで、足掛け四年間だったはず。
やはりエリシン教が内輪もめして破門者を出してしまうのはまずい、教団の内部分裂は自滅行為だ。となると、この免罪符事業の“賞味期限”は……
「三年間だ」
我輩はシェイラの不安を薙ぎ払う勢いで、決然と述べた。
「免罪符発行は三年間で終わらせる。その間、稼げるだけ稼ぎまくって、そこで悔い改める。三年後には必ず神の御前で反省し懺悔し告白して贖罪するぞ! だからそれまで天母スライムーンよ、我を生かし、我に見て見ぬふりをなされたまえ! 我はエリシン教団の赤字救済に命を捧げる殉教者なればなり!!」




