013●第二章⑥歌えや踊れディナーショウ
013●第二章⑥歌えや踊れディナーショウ
「あ、はい、歌います」
一番若いと思われるミファが、両隣のドレとソラに肘でこづかれて、最近の流行り歌なるものを口ずさんでくれた。彼女は三人娘のムードメーカーらしく、なかなかの美声である。
♪ ただひとたび 二度まみえぬ
世にあらぬ 幸せ
心奪い 天より降る 黄金の光よ
ただひとたび 二度まみえぬ
そは 行き過ぐ夢
一期にして一会だけの 恋は今宵のみ
一期にして一会だけの 春は五月なる今
ラブソングだ、初々しい娘さんにソロで捧げてもらって、得も言われぬシアワセ感がこみ上げてくる。我輩、結構好きなんだよ、歌詞があざといヒネ方をしていない、素直でロマンティックな歌。
しかしそれにしても、名曲だが古臭いことは確か。
まあ当然だ。この世界の文明進捗度は産業革命を経て数十年程度だろう。我輩の前世記憶にある“ろっく”や“てくの”や“へびめた”なんぞは存在しようがないのだ。
“ばーとるず”だか“ぶーとるず”だか、記憶があやふやなのでそんな感じのネーミングだったと思うが、若者が熱狂するチャカポコな騒がしいグループなんて夢のまた夢の近世末期風異世界なのである。
ミファ嬢は他にも二、三の流行歌を披露してくれたが、こんな感じだ。
♪ 赤い子亀に頬擦り寄せて 涙で見つめる青い海……
♪ 亀の子 可愛や 別れの辛さ せめて水泡 割れぬ間に……
古いわなあ……
昔懐かしのスローテンポな民謡の世界だけれど、声も曲も麗しいうえに、なんだか新鮮な印象で聴き惚れてしまった。
これまでの転生先は、やはり中世風が多かった。そこでは音楽といえば、すぐに眠れる子守歌みたいな神様賛美のカンタータばかりだったのだ。曲想が清廉であることは評価するが、徹底的に退屈である。
この異世界ムー・スルバの音楽は、中世風のそれらよりも進化してはいるのだが、せいぜいマーチかワルツどまりのようだ。
そこで思いついて、再び箸で丼の縁を叩いてみる。
スチャチャカ スチャチャカ……と。
「あ、猊下、さっきから鳴らしておられたそのリズム、初めて聴きますのです。なんてめずらしい……」
と、三人娘は、人生を変える偉大な作曲家に出会ったかのように熱い視線を送ってくれる。ワルツ程度しか知らない人々にとって、このリズムはかなり斬新なのだ。
そうか、それなら……と、俺の悪戯心が点火した。
「ドレ、ミファ、君たち二人、同じリズムで叩いてごらん、……そうそう、そしてソラはシンプルにトン、トン、トン……と」
叩き方を伝授する。そういえばいつぞやの前世で、“DRUM BUSTER”とかいうゲームで高得点を取り、TVに出演したことがあったような……
休憩茶屋に、丼のドラムが奏でるトントンとスチャチャカが重なって、独特のテンポが合成されていく。
そこで俺は立ち上がって、卓上の胡椒筒を両手に持つや、それをマラカスに見立てて振りをつけ、踊りながらアドリブで曲をつけて歌ってみた。
♪ やんや踊ろう 皆々サンバ どちらサンバ こちらサンバ
お父サンバ お母サンバ ご苦労サンバ お疲れサンバ
お姉サンバ 妹サンバ おりこうサンバ おばかサンバ
皆々サンバ 皆サンバ 笑って浮かれて 空を見上げりゃ
お天道サンバ お月サンバ
円く光って 燦燦サンバ!
やんや踊ろう 皆々サンバ おめでとサンバ ご愁傷サンバ……
踊りながらスイングドアを開けて出れば、黒山の人だかり。
というのは、この国の人々は基本的に黒髪が多数派だったからだが、もちろん赤髪も茶髪も金髪も交じって年齢差関係なく、事務にいそしんでいたオフィスレディたちが全員緊急職場放棄状態で我輩を見つめ、手拍子と足裏のタップでリズムを取ってくれている、みんな笑顔だ!
中にはハサミとコンパスをチャンチキと打ち鳴らし、円や三角の穴の開いた図形定規にペンナイフを走らせてシャカシャカと擦過音を出す、書類の穴あけパンチをカスタネットもどきにパチパチパッチンと打楽器化して、お囃子を盛り上げている。
新しいリズムがこうも容易に大衆に伝播するなんて驚きだが、あの“べーとるず”だか“ぼーとるず”だかの連中も、こうやって一夜にして無名から有名へ成り上がったのだ、きっと!
すぐにみんな「サンバ」の繰り返しは呑み込めて、俺の胡椒筒のシェイクを合図に「サンバ!」の大合唱。歌詞が超シンプルなうえ、サンバ! の声を合わせればそれでオッケーなので、自分だけ合唱から外れる心配もない。
まるでソロディナーショウのフィナーレみたいに、巨大事務室はオフィスレディ集団の情熱の坩堝、歌と踊りが渦巻く陽気なサンバランドと化してしまった。
この巨大屋敷で公王様の次に偉い枢鬼卿が、金銀ラメ入りの玉虫色民族衣装で歌い踊れば、多少は付き合ってあげようと思うのが人情だろうが、それにしても皆様のノリは最高!
と、調子に乗りまくり、揃いの白ブラウスと、色とりどりのスリット入りタイトスカートの全員が汗ばんだところで……
オフィスのドアを開けて、そこに腕組みして佇むシェイラが!
「♪ ちょちょんがチョン」と途中で歌詞の腰を折り、右腕の胡椒筒で天を衝くポーズを決めると、「我輩サンバ ワガサンバ!」と叫んでイベントを締めくくる。
割れんばかりの拍手に「さあ、お仕事にもどろうね」と促せば、オフィスレディたちは「光りあれ枢鬼卿!」と明るく答えながら、シェイラの剣呑な視線をかいくぐるように、それぞれの持ち場に復帰していった。
「ウケたみたいだ」
俺は肩をすくめて卑屈な誤魔化し笑いをシェイラに送ると、両手の胡椒筒を耳に当ててハの字を作った。
シドはと見ると、彼女は自分の書類バインダーを両手で持ち、頭の上に差し上げて左右に振る姿勢のままフリーズしていた。僕のバックステージで“推し踊り”に徹して盛り立ててくれていたのだ。
「猊下」
むっつり顔のシェイラは、ヒールのかかとをカツカツと鳴らして歩み寄りつつ、氷の視線で俺を見つめた。
※作者注:『Das gibt's nur einmal』は映画『會議は踊る』(1931)の主題歌。歌詞は意訳のオリジナルです。




