婚約破棄された
今日は学園の1年が終了する時に行われる終業パーティの真っ最中だ。
私は今、目の前で起こっていることに驚いている。
「レオン様、私は貴方との婚約は解消させてもらいます!」
「ヴィクトリア、お前との婚約は……ええっ!?」
私の名前はレオン=フォン=アルガルド。この国の第2継承権を持つ王子殿下だ。
そして目の前で婚約破棄を言い渡した女性は、俺の婚約者の……婚約者だった? ヴィクトリア伯爵令嬢だ。
実はこのヴィクトリア伯爵令嬢は、私と言う婚約者がいるのにも関わらず、他の男に色目を使うは、その男の婚約者令嬢に対してイジワルをする等、やりたい放題で目も当てられなかったのだ。
とうとう堪忍袋の緒が切れた俺は、この機会にヴィクトリア伯爵令嬢に婚約解消を言い渡そうと思ったのが先ほどのことだったのだ。先に婚約破棄されてしまったけどな。
「えっと、ヴィクトリア。それはいったいどういう意味だ?」
「その言葉の通りです。レオン様。私は貴方とは結婚したく無いのです。」
「はぁ。」
正直、婚約破棄しようと思っていた自分が言うのも何だが、コイツは何を言っているのだろうか。
ヴィクトリア伯爵令嬢は美人では有ったのだが、化粧が濃くて派手好きなため正直好みでは無かった。だからと言って家同士の繋がりや政治的な理由も有ったため、王族の立場としても結婚すること自体には不満は無かったのだ。
だが、先ほども言った通り、ヴィクトリア伯爵令嬢は問題が有りすぎて、妻として迎える気持ちはとうの昔に無くなっていたのだ。
こう言っては何だが、俺は王族なだけあって顔は悪くない。
武芸も勉強も頑張って努力した陰で、学園内での模擬戦は負けたことは無いし、定期試験の成績もトップをキープしている。
実際、何人かの女性からの熱烈なアプローチも有ったのだが、王族としての使命と言うか見本になるためにも、そう言った誘惑は一切係わらない様にしていたのだ。
だと言うのに、ヴィクトリア伯爵令嬢は……いや、これはヴィクトリア伯爵令嬢の名誉のためにも言うものじゃないな。
とにかく婚約破棄には賛成だが、これ以上騒がれるのも面倒だし、気を付けながら話すとしよう。
「……ヴィクトリア。私は王族に連なる者として頑張ってきたつもりだ。婚約を破棄される理由が思いつかない。理由を教えて貰えないだろうか。」
「はぁ……そんなことも分からないのですか? 良いでしょう。教えて差し上げますわ。」
「頼む。」
「では。まず、レオン様自体がお顔は良くてもツマラナイ存在なのですわ。勉強に武芸、それに加えて生徒会の活動などばかりで、私のことなど相手してくれないでは無いですか。」
「そんなことは無い。週1回はお茶会を開いてヴィクトリアをもてなしていたし、プレゼントも渡していただろう?」
「はぁ……あの程度で私が満足するとでも思っていたのですか? あんな退屈な時間を一緒に過ごしてあげた対価が、あんな安物がプレゼントなんてあり得ないでしょうに。だからレオン様は駄目なのですよ。」
「安っ……そ、それならば、君も生徒会の活動に協力してくれれば良かったじゃなのか? だったら、もっと一緒に居られる時間が取れたんだ。君は断ってしまったがな。」
「そんな面倒なことする訳が無いじゃない。もっと有意義なことに使うべきでしょ?」
「だが生徒会は、上に立つものとしての義務なのは知っていただろう? 君は将来のお妃としての教育として、是非ともやって欲しかったんだ。」
「嫌よ。それに私はもうレオン様の婚約候補では無くなりました。もう関係のない話では無くて?」
「まだ婚約破棄はされていない。それは君の勝手な想像だ。」
「おいおい、もうその辺でいいだろ?」
その時、1人の男性が近づいてきた。あいつはカール! 何で此処に……いや、丁度良かったか。
カールは私の双子の弟で、第3継承権を持つ王子だ。カールは身分を傘にして、素行の悪い仲間達とつるんで恐喝やらイジメ等やりたい放題なのだ。何人かの犠牲者が学園を去ったとの話も聞いたことがあり、生徒会としても悩みの種なのだ。
「何をしに来た。」
「何しにって、俺の婚約者を守るためだが、一番の理由はみじめな兄貴を見たかっただな。」
「カール様、嬉しいです!」
カールとヴィクトリア伯爵令嬢が抱き合い、こっちを見ながらニヤリと笑っていた。どうやら最初から仕組んでいたらしい。
「ヴィクトリアの婚約者は私だが? それに、みじめなとはどういうことだ?」
「婚約者と言うのは、さっきまでの話だろうが。今日からは俺が婚約者だ。だから婚約者を奪われた兄貴がみじめじゃない訳が無いだろうが。」
「何を言っている!」
「そう決まってるんだよ。おい!」
カールが誰かを呼んだら1人の男性がやってきた。あいつは宰相の息子のダニエルか。コイツも親に反抗している問題児で、カールと何時もつるんでいたな。
ただ、コイツは滑稽な奴で、親や教師の前では良い子のフリをしているため、そいつらからの評価はそれほど悪くないのだ。親がコイツの本当の姿を知ったらどう思うんだろうな……
「お呼びでしょうか。カール様。」
「おう、この馬鹿兄貴のことを、お前の親に報告しておいてくれ。」
「畏まりました。このダニエル。レオンの悪事を宰相様にしっかりと報告しておきましょう。」
「頼んだぞ。っとまぁ、こんな訳だ。」
カールがそう言うとニヤリと笑った。こいつら……やっても居ない悪事を報告するつもりだな。いや、自分らがやった悪事を俺がやったこととして報告するのだろう。
嘘の中に本当のことを混ぜると、人は信じやすくなると言うからな。調べれば俺がやっていないとしても、学園内でその事実が有ったことは分かるだろう。
おそらく事実も捻じ曲げられて伝わり、本当のことだとして認識される可能性がある。やられた!
「カール、貴様!」
「おっと、暴力は無しだぜ兄貴。何せ俺は平和主義者なんだからな。」
「どの口が!」
俺は知っていた。カールは弱い者いじめが大好きなことを。逆らえないことを良いことに、無抵抗な人を殴っていたことを。
ギリッ!
思いっきり拳を握りしめるしか無い自分が不甲斐なかった。
此処で口論で争っていると、本当に殴りかかりそうだ。たとえ向こうが悪いとしても、この場で殴れば悪者になるのは私だろう。
「もう良い。」
俺は踵を返すと、この場から離れることにした。
「逃げんのかよ。さすがは兄貴だ。」
「カール様、あんな人は放っておいて、踊りましょうよ。」
「そうだな。」
抱き合う2人を背に、俺はこの場を後にしたのだった。
・・・・
数日後、俺は父親でもある国王に呼び出された。
隣にはカールと、ヴィクトリア伯爵令嬢も控えていた。どうやらこの前の婚約破棄についての話が有るのだろう。
「面を上げることを許可する。」
国王にそう言われたので面を上げると、俺をにらみつけている国王の顔が有った。あっ、これは多分駄目な奴だ。
「宰相から話を聞いた。それを聞いた時は信じられ無かったが、事実であることが確認できた。何か申すことは有るか?」
「その様子だと、私が何を言っても聞いて貰え無さそうですね。何も有りません。」
「……そうか。残念だ。」
国王はそう言うと、立ち上がり左手を前に広げると宣言した。
「これよりレオンの王位継承権をはく奪と共に、ヴィクトリア伯爵令嬢との婚約を解消とする。」
「はっ。承知しました。」
ヴィクトリア伯爵令嬢との婚約を破棄出来たのは良かったが、王位継承権までも無くなってしまった。
まぁ、正直に言うと王位やら貴族とかの仕事は面倒だし、暗躍やらで人付き合いもやりたく無かったこともあったので、嬉しい誤算だった。
「代わりにカールを第2王位継承権を与え、ヴィクトリア伯爵令嬢との婚約を宣言する。」
国王がそう言うと、ワッと完成が上がった。
「謹んでお受けします。」
「私も、カール様の妻としてこの国を支えて行きたいと思います。」
カールとヴィクトリア伯爵令嬢が頭を下げてそう言った。
「うむ。では下がると良い。」
「「「はっ。」」」
私達はこの場から出て行くのだった。
「ざまぁねえな、クソ兄貴……いや、今は単なる平民のレオンだな。」
「カール様。平民と口を聞いたら駄目ですよ。クスクス……」
「そうだったな。今日は気分が良いから、このまま返してやる。二度と会わないだろうし、どこかで野垂れ死んでくれ。」
カールはもう話すことも無いとばかりに、ヴィクトリア伯爵令嬢の肩を抱くと、この場から去って行った。
「さてと、私も……いや、これからは平民として生きていくんだし俺でも良いか。俺も行くとするか。」
部屋に戻り、必要最低限の荷物を整理するとお城を後にすることにした。
「……じゃあな。」
俺は後ろを振り向かずにその場を離れるのだった。
・・・・
数年後、俺は隣の国で冒険者と言う仕事に従事していた。
それなりに戦えていたお陰で、今はCランクまでランクアップして順風満帆である。もうすぐBランクに上がる予定だ。
仲間? ソロですが何か? と言うか色々と有ったことで人間不信になったため、他の人と一緒には行動出来なくなっていたのだ。
風の噂で、第1皇子と国王が暗殺されて、第2王子(元第3王子)が王となったと聞いた。
その妻の女性は、赤い髪の子供を産んだらしいのだが、カールもヴィクトリア王妃も金色の髪なんだけどね。不思議な話だよね。
それが原因で夫婦仲が最悪になったとのことだが、自業自得だと思う。こっちに被害が及ばないなら好きにすれば良い。
そしてさらに数年後、重税やむちゃくちゃな法律に苦しんだ国民が反乱を起こし、王族は全て処刑された。
指導者の居なくなった国が運営出来る訳がない。アルガルト王国は分割して周りの国に吸収されて、地図上から消えたのだった。
ざまぁ見ろとしか思えなかった俺は、結構酷い人間なのかもしれない。
「さて、今日はどんな依頼を受けようかな。」
俺は依頼掲示板へと足を向けるのだった。