睦月4
母さんの準備が終わりそうな頃、父さんも、しぶしぶ着替え始めた。
「着方がわからん」とか「ボタンがかけづらい」とか、父さんが服に難癖をつけるのを、母さんは聞こえないふりをしている。
父さんも、新しい服がよく似合っている。
しかし父さんは、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
それでも、いつもよりは父さんの準備が早かった。
ぐずぐずしているところを、おじいちゃんに見られたくなかったのかもしれない。
本家に着いて、父さんは玄関から、母さんと子どもたちは台所口から中に入った。
「あけましておめでとうございまーす」
声をかけながら引き戸を開けると、
「まあまあ、あけましておめでとう、志賀ちゃん、祢子ちゃん、健ちゃん!」
おばさんたちに口々に歓迎されて、祢子はくすぐったい。
健太はさあっと奥に駆けて行った。
「それ、すてきねえ。よく似合っている」
みんなにほめられて、母さんはとても嬉しそうだ。
母さんが嬉しそうだと、祢子も嬉しい。
祢子は早速料理などを運ぶ手伝いをする。
母さんは持ってきたエプロンをつけて、流しで洗い物をし始めた。
「そこ、そのままにしておいて、志賀さん」
本家の伯母さんが言うが、母さんは「いいから、おねえさんはみんなに指図して」と、手を止めない。
祢子もそう思う。本家の伯母さんにしか、全体の状況はわからない。
小鉢料理や取り皿やグラスを運ぶと、上座の方に集まっていたおじさんたちが、祢子に声をかける。
「おう、祢子ちゃんか。わからんかったよ。えらいべっぴんさんになったのう」
小学生にこんな言葉は、からかいだと祢子にもわかる。だから、冷たくあいさつする。
「あけましておめでとうございます」
「祢子ちゃんは何年生か?」
「六年生です」
「じゃあ、もうすぐ中学生か」
「はい」
「なんとまあ、早いのう」
そうか。わたしはもうすぐ、中学生なんだ。
「健太は何年生か?」
「四年生です」
「そうか。健太はまだまだ子どもじゃのう」
おじさんたちは、会うたびに同じことを聞いてくる。もう聞き飽きた。
料理が出そろい、またそれぞれが譲り合って、いつものように席に着いた。
乾杯の音頭を、今年は本家の伯父さんがとった。
一番上の伯父さんは、外国に出張中だそうだ。
おとなたちは、お互いにビールやお酒を酌み交わしている。
祢子と健太はひたすらごちそうを食べる。
大皿にきれいに盛り付けてある刺身やおせち料理などを、全部の種類食べてみる。
おばさんたちは、「これ、どうやって作ったの?」と本家の伯母さんに聞いたりしている。
本家の伯母さんは謙遜しながら答えている。
母さんがおせち料理を作るのも大変そうなのに、本家の伯母さんは、よくこんなに大人数をもてなせるものだと祢子は感心する。
あちこち石油ストーブや石油ファンヒーターなどの暖房が入っていて、暑いほどだ。
祢子は少し汗ばんできて、首がかゆくなってきた。
本家の伯母さんが声をかけて、おばさんたちも母さんも別の部屋に行ってしまった。
女の人がいなくなると、祢子は急に心細くなる。
祢子が席に座ったままもじもじしていると、上座から本家の伯父さんが呼んだ。
「おうい、祢子ちゃん。こっちに来て、お酌してくれんか」
ああ。めんどくさい。
それでも、仕方なく上座に行って、渡された徳利でみんなにお酌をして回る。
いつものように、何年生か、とか、勉強はおもしろいか、とか、中学生になったら部活は何に入るのか、とかと聞かれる。
何度も聞かれたことなので、祢子もいい加減に答える。
「しんたろうにも、お酌してやって」
叔父さんの指の先を見ると、しんたろう兄ちゃんがいた。
しんたろう兄ちゃんは、一番上の伯母さんの長男で、一番年上のいとこだ。
もう東京で働いていて、滅多に会うことはない。
去年のお盆は、しんたろう兄ちゃんはいなかった気がする。
お正月は帰って来れたんだ。
しんたろう兄ちゃんは、お酒で赤くなった顔でにこりとして、黙って盃を差し出してきた。