睦月1
元日の朝。
目が覚めた祢子は、一階に下りたが、だれもいなかった。
もう明るくなっているのに。
母さんの代わりに何かしておこうかとも思ったが、何をしていいのかわからない。
やかんに水を入れていいのかどうかさえわからない。
朝の初めての水は、母さんが神様に上げていたような気がする。
とりあえず寒いので、ストーブに火をつけて、その前で着替えた。
それから、カーテンを開けようとしたら、母さんが下りてきた。
「ごめんごめん、明けましておめでとう」
「明けましておめでとう、母さん」
母さんは、まだカーテンは開けないで、と言った。
母さんは、水道の水を神様用の湯呑に一杯入れてから、やかんに水を入れて火にかけた。
昨夜から煮干しを浸しておいた鍋も火にかけてから、母さんはものすごい速さで着替えて顔を洗い、歯磨きをした。
「はい、もうカーテンを開けていいよ」
祢子があちこちのカーテンを開けると、おじいちゃんが書斎から出てきた。
「明けましておめでとうございます、おじいちゃん」
「明けましておめでとう、祢子ちゃん」
おじいちゃんはこたつに入って、テレビをつけた。
洗濯機を回す音がする。何かをまな板の上で刻む音。出汁やしょうゆのいい匂い。
祢子は母さんに、何か手伝うことがないか聞いてみた。
「あるある、たくさんあるよ」
廊下のはしっこに置いた、大きい密閉容器から、祢子は丸もちを十個取って来た。
もちは、軽く洗って粉を流し、ボウルに入れておく。
それから、塩抜きをした数の子の薄皮を取り除いたり、ぎんなんに松葉を刺したり、かまぼこを飾り切りしたり、ゆでた三つ葉の茎を結んだり、栗きんとんを茶巾絞りにしたりした。
食卓の上に、新しいわりばしと、滅多に使わない、とっておきの銘々皿を並べていく。
大人には、お猪口も。
お雑煮用のお椀も食器棚の奥から出して、軽く洗って拭いておく。
健太が、お腹が空いて起きてきた。
明けましておめでとうを言い合ってから、父さんを起こしてきて、と母さんが健太に言いつけた。
父さんはどすどすと起きてきて、普段着に着替えると、健太を呼びつけた。
母さんが入れておいたお水やお茶を持って、二人で一緒に神さまや仏さまにあいさつをして回っている。
その間に、祢子は料理を大皿や深皿に盛ったり、もちが煮えたか菜箸でつついたりしている。
母さんが洗濯物を干し終えると、みんなで食卓に着く。
神棚から下ろしたお神酒を母さんがお猪口に注いで、大人たちは新年を祝った。
祢子と健太は、お雑煮に箸をつける。
自家製のもちは、柔らかいというよりは、しこしこしている。
このくらい歯ごたえがある方が、母さんの好みなのだ。
たまには、テレビで見るような、びよーんと伸びるもちを食べてみたいと祢子は思うが、言わない。
お雑煮のぎんなんは、なんだか変な味であまり好きじゃない。
祢子は黒豆と栗きんとんが大好きだ。
せっせと食べていたら、母さんが父さんの取り皿を寄越して、「お父さんにも取ってあげて」と言う。
仕方ないので、父さんにも山盛りに黒豆を盛り、栗きんとんを二つ載せた。
おじいちゃんがそれをじっと見ていたので、
「おじいちゃんにも取ろうか?」と聞いたら、
「わしは、あれよりは少なめに頼む」と言われた。
みんなお腹いっぱいになった。
母さんと祢子で片づけを終えたら、次は初もうでだ。
「おじいちゃんも誘ったんだけど、『わしは留守番をしてるから、行ってらっしゃい』と言われてね」
母さんが言った。
祢子は正直なところ、ほっとした。
おじいちゃんは自転車が無いので、おじいちゃんと一緒だったら歩いて行かなければならなかった。
おじいちゃんは歩くのが遅いし、神社まで歩けるかどうかわからない。