年の瀬3
大晦日に、母さんは今年最後のトイレ掃除と風呂掃除を念入りにする。
それから、年越しそばを買いに行く。
父さんは、祢子と健太に手伝わせながら、全部の部屋に掃除機をかける。
祢子と健太は、掃除機が移動する先の、家具や物を持ち上げる。
居間のこたつ布団をまくり上げて、こたつ全体を持ち上げると、みかんの皮の切れ端や、なくしたボタンなどが出てきた。
父さんが容赦なく全部吸い込もうとしたので、祢子は急いでボタンだけは救い出した。
父さんは、掃除機のヘッドをあちこちにぶつける。
あとで母さんが、家具の新しい傷に気が付いて、ため息をつくかもしれない。
残るは、おじいちゃんの部屋だけになった。
父さんは、部屋の前に掃除機を置いて、「おやじ、掃除機を置いておくから」と戸の外から声をかけた。
おじいちゃんはいつものように、夕ご飯前にお風呂に入った。
夜ご飯を食べ終わって、風呂掃除と台所の片づけが済んでから、母さんは年越しそばを作る。
母さんの掛けそばは、つゆが薄くて少なくて、そばが多すぎる気がする。
だが、だれも文句を言わない。だから祢子も黙っている。
母さんが、そばのどんぶりをこたつの上に運んだ。
祢子は、箸や七味を運ぶ。
紅白歌合戦が始まっている。
こたつは四辺しかないので、祢子は、仕方なく健太の隣にくっついて入った。
すぐに蹴ったの蹴らないの、当たったの当たっていないのと、きょうだいげんかが始まる。
健太はさっさとおじいちゃんの横に鞍替えした。
そばを食べ終わると、お風呂に入らなければいけない。
健太は歌合戦を見たいので、「姉ちゃん、先にお風呂どうぞ」などと、親切ぶって勧めてくる。
祢子は健太の魂胆がわかっているので、絶対先に入りたくない。
しまいに、健太は父さんに怒鳴られて、しぶしぶお風呂に向かった。
が、あっという間に戻って来た。
「健太、ちゃんと体を洗った?」
祢子が聞くと、健太はにやりとする。
母さんはこたつに入って、座ったままうたた寝をしている。
母さんは歌番組が好きなのに。よほど疲れたのだろう。
父さんが、母さんにそっと毛布をかけた。
「次、祢子」
「はあい」
祢子は風呂に入る。
紅白歌合戦は面白いが、見ないのなら見なくてもいい。
静かな時間が、祢子は好きだ。
ぴちょん、ぴちょん、風呂のふたからしずくが落ちる。
かすかに、近所を通りすがる人の話し声が聞こえる。
ゆらゆらと湯の中に、自分の手足が沈んでいる。いつもよりふっくらして、妖しげに見える。
胸もすこうし、膨らんできたような気がするが、気のせいかもしれない。
もっと早く大きくなればいいのに。
修学旅行のお風呂で見た同級生の胸を、うらやましく思い出す。
わたしも、いつかはあのくらい大きくなるのかな。
湯が冷めてきたので、途中で熱い湯を足した。
ゆっくりと湯舟に浸かって風呂から出る。
いつもと同じはずなのだが、一年分の汚れを落としたような、特別な心地がする。
パジャマの上からカーディガンをはおって、祢子はこたつの上のどんぶりや箸を重ね、台所に運んで洗った。
母さんが少しでも休めるように。
台ふきんでこたつの上も拭いて、ふきんを洗って干す。
台所の電灯を消すと、鍋やざるや菜箸などが、ぼんやりと暗い影になる。
母さんは明日ここで、お雑煮を作るだろう。
いろんなお節料理も、取り出して盛り付けるだろう。
祢子は母さんがいつもするように、盆にみかんを盛って、こたつの上に置いた。
早速あちこちから手が伸びる。みかんの皮の匂いが弾ける。
祢子は、もう眠たいからおやすみなさい、とみんなに言った。
おやすみ、とおじいちゃんが言った。
がんばって起きていた健太が、祢子が空けた場所めがけて、勢いよくこたつの中に滑り込み、頭だけ出した。
健太に蹴られた母さんが目を覚ました。
父さんが、「お前も、そろそろ風呂」と促した。「はいはい」母さんがいい加減に返事をする。
部屋はとても寒くて、祢子は震えながら布団に入った。
少しずつ、布団が温もってくる。
祢子は電灯のひもを引っ張って消した。
しばらくは暗がりに目を凝らしていたが、まぶたが勝手に落ちてきた。
今年も、もうあとわずかだ。
来年は、どんな新しいことが起こるだろう。