年の瀬2
その日のお昼ご飯は、できたてのもちだ。
もちを軽く焼いて、砂糖醤油につけて、海苔を巻いて食べる。
弾力があって、蒸したもち米の香りがぷんとして、とてもおいしい。
父さんもおじいちゃんもおいしそうに食べる。
餅つきの後の片づけは、とても面倒くさい。
母さんは他の仕事が忙しいので、祢子がする。
しばらく水に浸しておいても、こびりついたもちは、たわしでこすったくらいでは完全には取れない。
爪ではがしたりもする。
餅つき機の羽根やパッキンなどの細かい部分にはつまようじを使う。
来年出した時にかびだらけになっていたらいやなので、がんばる。
もちつきが終わると、母さんはおせち料理も作り始める。
ストーブの上では、黒豆が煮えている。
鍋のふたが少しずらしてあるが、気を付けていないと、すぐに吹きこぼれてしまう。
田作りや栗きんとん、酢物、煮しめ、煮豚。
母さんはくるくると働いて次々に作っていく。
祢子は母さんの仕事を横で見ている。
母さんの気が向けば、田作りにする煮干しをゆきひら鍋で炒ったり、ニンジンを花形に抜いたり、ゆで上がったサツマイモをすりこ木でつぶしたり、といったことをさせてもらえる。
健太はいい匂いがすると、どこからともなくさっと現れては、味見をして去って行く。
冷蔵庫の中は、できた料理や数の子、紅白かまぼこ、ハム、ぶりの片身、クルマエビなどでぱんぱんだ。
父さんは、母さんに頼まれて、座敷で鏡餅の飾りつけを始める。
子どもが声をかけたら、どうせ「宿題しなさい!」などと怒られるだろう。
祢子はふすまの陰からそっと様子を見る。
父さんはものの本を見ながら、三方の上に半紙を敷いた。
父さんの前には、鏡もちとコンブ、するめとウラジロ、ゆずり葉とダイダイがある。
母さんが準備しておいたものだ。
父さんはしばらく考え込んでいたが、「おい、おい、」と母さんを呼んだ。
「あなたが良いように飾って。世帯主でしょ」
母さんにそう言われて、仕方なく、飾りつけを始めた。
まず、三方に敷いた半紙の上に、ウラジロを載せた。
それから、長く幅のある立派な干しコンブとはさみを手に取った。
適当なところでコンブを切り取って、ウラジロの上に載せて、大きい方のもちで押さえた。
コンブは大き過ぎて、ウラジロが見えないばかりか、三方の穴を隠して下につくほど長い。
もちが、コンブの上でぐらぐらしている。
父さんはさらに、もちの上にゆずりはを三枚と、まるごと一枚分のするめをそのまま置いた。
左手でそれらを押さえながら、右手で、その上にもう一つのもちを置いた。
上のもちだけの重さでは、するめが押さえられなかったので、するめは下のもちとコンブの間にはさみ直した。
はさむものが、大きすぎるのではないか。
明らかにもちが不安定だ。
父さんは、一番上にそうっとダイダイを載せた。
全体的に危うさしか感じられない。
手を離すと、ダイダイがすぐに転がり落ちようとする。
父さんは、台所から竹串を持って来た。
はさみで竹串を適当に切って、ダイダイのまわりを囲むように、三本、餅に突き刺した。
もちに、少しばかり柔らかさが残っていたのだろう。
なんとか刺さった竹串は、なんとかダイダイを支えている。
ダイダイも、もっと小さめのを選べばよかったのではないだろうか。
なんとかやり切って、父さんはほうっとため息をついた。
作品を吟味することもせず、そそくさと周りを片付け始める。
自己流と言えど、これは果たしてどうなのだろう。
祢子でさえ、そう思う。
宿題は順調にはかどっている。
もう、書き初めも済ませた。
お題はなんでもいいということだったので、祢子は「賀正」と書くことにした。
どうせうまく書けないので、二枚書いて、いい方を提出することにした。
固まっていた筆先を何度も墨汁の中に押しつけてほぐそうとしていたら、墨汁を畳に落としてしまった。
すぐふき取ったのだが、黒いシミが取れなくなった。
作品は、お世辞にも上手とは言えなかった。
日記も、今のところ毎日書いている。
冬休みの宿題はそもそもあまり多くないし、この調子なら、日記以外は年内に終わりそうだ。
『大草原の小さな家』は読んでしまって、またところどころ読み返したりしている。
『メアリー・ポピンズ』は、正月明けの楽しみに取っている。
父さんは、わらでできた正月飾りを、あちこちに飾った。
玄関先には大きめのもの。
台所と、自転車の前には小さい輪っかの飾り。
おじいちゃんは、健太をそれとなく見張ったり、庭の掃除をしたりしているようだ。
広くもない庭の、落ちてもいない枯葉を掃くほうきの音がする。
おじいちゃんが蒔いた豆の芽が出ていた。