年の瀬1
父さんも母さんも、年末休みに入った。
父さんは朝ゆっくり寝ているが、母さんはいつもよりも忙しくしている。
買い物に行ったり、大掃除をしたり。
母さんに言いつけられて、祢子と健太は、天井のくもの巣を取り払ったり、鴨居や障子にはたきをかけたり、ガラス窓を拭いて回ったりする。
たいてい健太は途中で姿をくらます。
仕方なく祢子は、健太の分までがんばる。
餅つきは、一日がかりの仕事だ。
前日の夜、母さんはもち米を一升ずつ量って研ぐ。
もち米は普通の米よりみっちり詰まっている感じで、とぎ汁と一緒にすぐに流れ出しそうになる。
母さんは、大きいざるでもち米を受けながら、冷たい水で何度も研ぐ。
研いだもち米は、水をなみなみと張ったプラスチック樽の中で、一晩吸水させる。
樽は五つも六つも、冷たい廊下の隅に並べられている。
次の日の朝は、母さんはまずもち米の水切りをしておいてから、朝ご飯を作る。
朝ご飯を食べる前に、もち米を餅つき機の臼に移して、蒸し始める。
餅つき機は、新発売の一升づきのを、月賦で買ったものだそうだ。
そのころの父さんの月給くらいの値段がしたと、母さんはいつも笑う。
羽根をセットした臼の中に、しっかり水切りをしたもち米を入れ、ボイラーに湯を入れて、ふたをする。
ダイヤルを「むす」にすると、餅つき機が自動でもち米を蒸し始める。
ご飯を食べ終わるころ、もち米が蒸し上がるいい匂いがそこらに充満する。
蒸し上がったら、ブザーが鳴り響くので、ふたを開けて、ダイヤルを「つく」に回す。
臼の底の羽根がぐるんぐるんと回り始めて、蒸し上がったもち米を上手につき始める。
祢子と健太は、そばにしゃがみこんで、飽きもせず見つめる。
最初はもち米の中央が少し持ち上がるだけなのだが、だんだんと底の方から、粒が消えたもちの塊りが、ぐいんぐいんとせり上がってくる。
もち米のつぶつぶは周囲に押しやられて、もちのなかにぺたぺたと飲み込まれていく。
もちがしゅるしゅる、ぺったんぺったんと、形を変えてのたうち始めると、母さんは底が無いボウルのようなものをもちに押し付ける。
ボウルの底からもちが苦し気によじり出てくると、母さんは急いで、ボウルを片栗粉を敷いた盆の上にひっくり返す。
粘った真っ白な溶岩のようなもちが流れ出る。
餅つき機に次のもち米を入れて蒸し始めてから、母さんはできたて熱々のもちをちぎる。
一回目のもちからは、鏡餅と仏様用の小餅を作ることになっている。
母さんは、鏡餅の上と下になるように、大きさを変えて、もちを大きくちぎる。
ちぎったところを下にして、上面には触らずに、下からたぐり寄せていくと、ぴかぴかの海坊主のような見事なもちができる。
仏様用のはとても小さく、まん丸に作る。
残りは普通の丸もちにする。
母さんはもちのかたまりを手で棒状に伸ばす。
もちの棒にちょっとくびれを作ってから、そのくびれのところを指でちぎっていく。
母さんの手はすぐに真っ赤になる。
あつっ、あつっ、と言いながら、母さんは急いでちぎる。
祢子と健太は、それをつぎつぎに手のひらで丸めて、片栗粉を敷いた盆の上に置いていく。
もちはまだとても熱いが、熱いうちでないと上手に丸められないのだ。
祢子と健太が丸めたもちは、ふっくらと丸みがある。
きれいに丸いほうがおいしそうだと思うのだが、母さんが容赦なく上から平らにつぶしていく。
平らな方が、速く火が通るそうだ。
つぶれたもちは、もう表面が乾き始めていて、亀裂のような模様が入っている。
できたもちは、片栗粉をしっかり撒いた木製のもち箱に移す。
少し冷めてきたら、もちをひっくり返す。
完全に冷めたら、重ねても大丈夫になる。
そうやって、次のもちのための場所をつくる。