師走15
「父さん、朝ご飯だよ。起きて」
寝室の外から祢子が声をかけると、父さんはうーん、わかった、と返事をした。
がたっと音がしたから、起きたのだろう。
祢子が下に下りると、健太がおじいちゃんに釣り竿の自慢をしていた。
おじいちゃんは嬉しそうににこにこしている。
おじいちゃんのこんな笑顔を見たのは初めてで、不思議な気がした。
おじいちゃんが祢子に気づいたので、祢子は「おじいちゃん、おはよう」と挨拶をした。
「おはよう。……祢子ちゃんは、サンタさんに何をもらった?」
おじいちゃんには関係ない。
そう思ったが、母さんの手前、祢子は仕方なく答えた。
「本を二冊」
そう言ってから、言い方があまりにもそっけなかったかな、と反省した。
せっかくもらったのだから、そのことには感謝するべきだ。
まるで恩知らずみたいだ。
「おもしろそうかな?」
おじいちゃんがにこにこしているので、祢子は「うん、とっても」と答えておいた。
「そうか。それはよかった」
起きてきた父さんは、プレゼントのことを何も聞かなかった。
健太が父さんにも自慢しようとしたが、父さんの眉間にしわが寄り始めたので、黙った。
母さんは、肩をすくめていた。
弁当の入った小さいバッグを自転車のハンドルにかけると、父さんは会社に行った。
祢子は、台所の洗い物は任せて、と母さんに請け合った。
「そう、ありがとう、助かる。じゃあ、お母さんは洗濯物を干すね」
すごい速さで洗濯物を干して、風呂掃除もしてから、母さんは自分の身支度をした。
きれいにお化粧をして、ストッキングをはいて、仕事用の服に着替えて、バッグの中を確かめたりした。
「じゃあ、お仕事に行ってきます。あとはお願いね。
お昼は準備しておいたから、おじいちゃんと健太と一緒に食べてね」
さっそうと自転車で出ていく母さんは、玄関先で見送る祢子を振り返りもしない。
いつもは母さんが祢子たちを見送ってくれるのに。
からっぽになった胸を北風が吹き抜ける。
母さんがいない家なんて、すき間だらけの吹きっさらしだ。
おじいちゃんと健太だけなんて、おもしろくもなんともない。
食器洗いの仕事が増えるだけだし。
家の中に戻って居間を見ると、おじいちゃんの横で健太が釣り竿を組み立てていた。
二人で釣りの話をして盛り上がっている。
祢子は、顔をつんと背けて台所を片付けると、二階に上がった。
冬休みの宿題はあまりない。
でも、油断は禁物。
祢子はもう二度と宿題をためないと誓ったのだ。
やりたくないけれど、さっさと済ませてしまえば、うじうじ悩まなくて済む。
祢子は、「冬休みの友」の理科を開いた。
したくないことからとりかかれば、少しでも後が楽になる。かもしれない。
「姉ちゃん、お腹すいたー」
下から健太の呼ぶ声がして、祢子ははっとした。
「冬休みの友」の理科は終わっていた。
「はーい、今いく!」
居間にいたおじいちゃんと健太に声をかけて、みんなでお昼を食べた。
おじいちゃんにお茶がいると思ったので、お茶もいれてあげた。
宿題が一つ終わって、祢子は気分がよかった。
「食べ終わったら、マー君と一緒に魚つりに行くんだ」
健太が嬉しそうに言う。
マー君は、健太と同い年の、近所の男の子だ。
「午前中に誘ったんだけど、昼からなら一緒に行けるって、マー君が言ったから」
「ふうん。どこに行くの?」
「学校に行く途中の、大きい岩がたくさんあるところ」
「ああ、あそこ? ……深いから危ないよ」
健太が言う場所は、通学路の途中にある。
ガードレールの隙間から入って、大きな岩まで、大またで下りて行くのだ。
岩に腰かけて釣り糸を垂れる大人や子どもを、祢子もよく見かけるが、岩に囲まれた淵は濁った青緑で、いかにも深そうだった。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、いつも行ってるから」
「行ってるの? 行っちゃダメだって」
健太が岩から滑り落ちるかもしれない。
「でも、他に釣りができるとこ、ないじゃんか」
「わしも一緒に行こう」
おじいちゃんが言い出したので、祢子も健太もびっくりした。
「おじいちゃんが?」
「散歩のついでに、釣り竿の具合を見学しようと思ってな」
「うーん。……まあ、仕方ないか。いいよ」
健太は偉そうにうなずいた。
見物人がいるのはうれしいくせに。
もったいぶって。