師走12
自分用のお土産の、ガラス細工の箱が現れた。
そっと取り出してみると、箱の下の面が紫色に湿っている。
悪い予感がして、急いで箱を開けてみた。
ぽっきりと二つに割れた、空っぽの、ただの透明なガラス細工が、そこにあった。
いくら見つめても元通りにはならない。
中に棲んでいた紫の生き物は、一滴も残っていなかった。
いつ割れたのだろう?
バスの中? バッグを持ち歩いた時? 運動場でもみくちゃになった時?
母さんにバッグを持ってもらった時?
これは何かの罰なのか。
お土産を買う時に、自分の事しか考えなかったから?
田貫先生のいい子をやめたから?
母さんに意見してしまったから?
それとも?
思い当たることはたくさんある。あり過ぎる。
その報いだとしたら、仕方がない。
箱の下に入れていたタオルまで、紫に染まっていた。
祢子はタオルを持って洗面所に行き、下洗いして洗濯かごに入れた。
健太はお土産を受け取って喜んだ。
ちっちゃな刀を、振り回してみせたりした。
夕ご飯の後、みんなでカステラを食べた。
いつものように、静かな食卓だった。
次の日、祢子が目を覚ますと、時計が一時を指していた。
一瞬、夜中の一時かと思ったが、カーテンが明るい。
祢子はふらふらと、一階に下りた。
居間でテレビを見ていたおじいちゃんが、こっちを向いた。
「祢子ちゃんか。疲れていたんだなあ。
お腹が空いただろう。
お母さんが、テーブルに食事を置いて行ったから、それを食べなさい」
「うん」
食卓覆いの中に、おにぎりとおかずを盛り付けたお皿があった。
母さんがお弁当を詰める時、おじいちゃんのと祢子のを作り置きしてくれたのだろう。
おじいちゃんはもう食べたようだ。
父さんも母さんも仕事。健太は学校。
パジャマのまま、祢子はテーブルに着いて、ひとりで食べた。
食べ始めたら、お腹が空いていたことに気づいた。
しばらく夢中で食べていて、居間のおじいちゃんの方を何となく見た時。
今がチャンスだ、という天の啓示が、祢子に降りてきた。
今家の中には、祢子とおじいちゃんだけだ。
今なら言える。
湯舟にタオルを漬けない、って、ちょっと気を付けるだけのことだ。
なのに、なんで言ってはいけないんだろう。
こんなつまらないことで母さんが苦労するなんて、どうしても納得できない。
祢子が言ったことを母さんが知ったら、祢子はひどく怒られるだろう。
でもおじいちゃんが改めてくれたら助かるのだから、いつかは祢子に感謝してくれるはずだ。
祢子の心臓が、体から飛び出しそうなくらいに、跳ね始めた。
胸を押さえながら食事を終えて、おじいちゃんの分と一緒に食器を洗って、拭きあげて食器棚に入れた。
居間の入り口に立って、口を開こうとした時。
居間のこたつの上に、昨日健太に渡したお土産のキーホルダーが、そのまま置いてあることに気づいた。
ほったらかしてある。
あんなに喜んでいたくせに。
本当は、あんまり気に入らなかったんだ。
祢子だっていい加減に選んだのだから、文句を言う筋合いはない。
筋合いはないが、がっかりした。
健太なら、喜んでありがたがって、すぐに何かに付けるだろうと思っていたのに。
健太のくせに。
勢い込んでいた気が、急速に萎えた。
母さんがあんな怖い顔で、言うなと言ったんだから、やっぱりやめとこう。
お節介焼いて、また母さんにあんな顔をされるのも、本当は怖い。
祢子は「もう一回寝てくるね」とおじいちゃんに言って、二階の自分の部屋に戻った。
こうして、千載一遇のチャンスは逃げていった。