師走11
祢子はふとそりかわくんのことを思った。
そういえば、そりかわくんは誰か迎えに来たのかな。
そりかわくんが、大きいバッグを抱えて一人でうちに帰る姿を想像すると、胸がきゅっと痛んだ。
そりかわくんのおうちの誰かが、そりかわくんを迎えに来ていたらいいな。
家に着いた。
おじいちゃんは、書斎のようだ。
さっそくお土産を出そうとしたら、母さんが、先にお昼を食べよう、と言った。
そうか、母さんもお昼がまだだった。
テーブルの上の食卓覆いを外したら、おにぎりがあった。
母さんは台所に入って、ガスコンロに火をつけた。
フライパンの中に作り置きしておいた炒め物が、じゅうじゅう音を立てると、火を止めて二つの皿に盛った。
「さあ、お上がり」
おにぎりは冷たいが、ウインナーソーセージとキャベツの炒め物が温かくて、コショウの匂いもして、急に痛いほどお腹が空いてきた。
次々におにぎりと炒め物をほおばりながら、祢子はどこに行って何を見たか、切れ切れに話した。
話したいことはたくさんあったはずなのに、つまらない、ありきたりな感想しか出てこない。
伝えきれないのがもどかしくて、祢子は箸を持った手を振り動かした。
「食べるか話すか、どっちかにしなさい」
母さんは笑って言った。
食べる方に口を使うことにする。
そうか、今、話しておきたいことがあったんだった、と祢子は思い出した。
「ねえ、母さん。おじいちゃんって、湯舟の中に、体を洗ったタオルを漬けているんじゃない?」
母さんの反応がない。
わからなかったのかな。祢子は続けた。
「修学旅行のお風呂の時に、先生が言ってたんだ。お風呂の中に、タオルを漬けないように、って。
だからわたし、もしかしたら、おじいちゃんがそうしているのかなと思って」
「そうね、たぶんそうだろうね」
母さんは、まるでいやいや答えているような口ぶりだ。
「知ってたの?」
祢子は驚いた。
「まあ、そうね」
母さんの口調は、そっけない。
「なんでおじいちゃんに言わないの?」
母さんは黙っている。
嫁だから、とかなんとか、おとなの事情があるのかな。
母さんが言えないなら、わたしが言えばいい。
わたしは子どもで、何を言ってもそんなに大事にはならないから。
おじいちゃんに嫌われたって全然平気だし。
祢子は、できるだけ優しい口調で、母さんに提案した。
「おじいちゃんに、わたし、言おうか? 『湯舟にタオルを漬けないで』って」
「だめ」
母さんの強い口調に、祢子はびっくりして口を閉じた。
「言ってもいいことと、言ってはいけないことがあるの」
「なんで、言っちゃだめなの? お風呂の掃除とか楽になるのに?」
「母さんは別に、お風呂を張り直すくらい、何とも思っていないよ。
おじいちゃんの好きにさせてあげなさい。
おじいちゃんは若いころ苦労して、やっと楽になったんだから」
何か変だ。
もやもやする。
おじいちゃんが苦労したことと、お風呂のたびに母さんに苦労させることと、何の関係もない、ような気がする。
祢子は、違うんじゃない、と母さんに言い返そうとして、母さんの怖い顔を見て、やめた。
せっかく、母さんと二人きりで楽しく食べていたのに。
祢子が余計なことを言ったから。
「そうなの。気づかなかった。祢子はよく気づいたね」と、母さんはほめてくれるはずだった。
反対に怒られて、こんなにも母さんの気分を害するなんて、思いもしなかった。
「……ごめんなさい」
母さんは黙っていた。
食事を終えると、祢子は食器を下げた。
母さんが、洗うのはしなくていいから、荷物をほどきなさい、と言ったので、座敷に置いたバッグのところに行った。
さっきまでの浮かれた気分がすっかり萎えていた。
祢子はもぞもぞとカステラの箱を取り出して、黙ってテーブルの上に置いた。
健太のキーホルダーの小さい袋は、自分で渡すことにして、とりあえず座卓の上に置いた。