師走10
また違うホテルに着いて、バスから降りる。
もう一晩、班のみんなと過ごさなければならない。
余計なことは言うまい、と祢子は自分をいましめた。
口はわざわいのもと。
おとなしく食事も入浴も済まして、おとなしく布団に潜り込んだところで、こずえちゃんが声をかけてきた。
「祢子ちゃん、気分でも悪いの?」
おとなしくしていても、変に思われてしまった。
「いや、ちょっと疲れたかも」
「大丈夫? 熱とか出ていない?」
「大丈夫、大丈夫。いつもいっぱい寝ている方だから、眠たいだけ。もう寝るね」
掛布団を頭からかぶって、寝たふりを決め込んだ。
だがそういう時に限って、なかなか寝付けない。車内で寝ていたからだろうか。
ようやく、浅い眠りのさざ波が、祢子の体をちゃぷちゃぷ洗い始めた。
こずえちゃんの声が遠くに聞こえる。
「……大丈夫みたい。疲れただけかも。車にも酔いやすいみたいだし」
祢子はちょっと目が覚めた。
頭から布団をかぶって丸まったままだったので、暗くて暑くて重くてちょっと息苦しかった。
顔を外に出したい。でも、起きていたと思われるのも気まずい。
「毛野さんって、思ってたより強くないよね。
……もっとこう、思い通りにしないと気が済まない、みたいかと思っていたけど」
「……先生のお気に入りだったしね」
ますます出られない。身動きさえしにくい。
「でも、あの頃の毛野さんは、やっぱり怖かったし、強かったよ」
「でもこのごろ先生は、はなちゃんばっかりじゃん」
「毛野さん、先生から見捨てられたのかな?」
「じゃあ、わたしらと一緒じゃない?」
数人の、抑えた笑い声。
布団越しに聞こえているので、それぞれ誰の言葉かはわからない。
でも、思ったよりも温かい声の調子だった。
祢子は泣きそうだった。
「祢子ちゃんは、面白くっていい人だよ。田貫先生なんかには、わかりっこないよ」
すぐ近くで、こずえちゃんの声がした。
祢子は鼻水をすすりたいのを必死で耐えた。
次の日は、ホテルを出ると、一度トイレ休憩をはさんだだけで、ずっとバスの中だった。
バスの中は静かだった。
昼を少し過ぎて、高速道路を下りた辺りで、バスガイドさんがお別れの挨拶をした。
田貫先生が立って、バスガイドさんと運転手さんの労をねぎらって、感謝の言葉を述べた。
それから生徒たちに、お礼を言いましょうと促した。
みんな声を合わせて、ありがとうございますとお礼を言った。
見慣れた校門を入ったところで二台のバスは停まった。
運動場に、迎えの保護者がたくさん来ている。
校舎の窓から、下級生たちが見下ろしたり手を振ったりしている。
そういえば、平日だった。
バスを下りて、最後の人数確認。
教頭先生と今田先生の短い挨拶の後、すぐに解散になった。
生徒と保護者とが入り交じって、背の低い祢子はもみくちゃになった。
途方に暮れていたら、母さんの声がして、手を引かれた。
「祢子、こっち。おいで」
人混みをかきわけて、よこいくんちの車にまた一緒に乗せてもらった。
ありがとうございます、と母さんと一緒に頭を下げて、よこいくんちの車から降りた。
家まで少し歩く。母さんが荷物を持ってくれた。
「修学旅行、楽しかった?」
「うん。……お土産、カステラだけだけど……」
「あら、カステラ? うれしい。あとでみんなでいただこうね。
でも、先にお昼ご飯ね。お腹が空いたんじゃない?」
「母さんは、もう食べた?」
「まだ。一緒に食べようと思って」
「おじいちゃんは?」
「先に食べてもらったよ」
祢子はほっとした。
「そのバッグ、本当によかった。誰のよりおしゃれだったよ」
「うそー」
そう言いながら、母さんは嬉しそうだ。
「今日は、お仕事は?」
「休ませてもらったの」
「……ありがとう」