師走7
けたたましく目覚まし時計が鳴って、祢子は飛び起きた。
一瞬どこにいるのかわからなかった。
うるさく鳴っているのは、時計係のふみこちゃんが持ってきた目覚まし時計だ。
部屋の時計で確認すると、六時四十五分。
ふみこちゃんの手が布団の中から伸びて、目覚まし時計のベルを止めて、また布団の中に潜り込んだ。
誰も起きる様子がない。
祢子は昨日のことを怒涛のように思い返した。
まだ、昨日のあれこれが、祢子の中に重くよどんでいる。
しかし、もう起きなければ。
窓の近くまで行って、カーテンを開けた。
朝の光が差し込んだ部屋は、まぶしく、明るい。
昨日は昨日。もう過ぎたことだ。
祢子は、一人一人の枕もとに座って、声をかけて起こした。
みんな、面倒くさそうに、いやいや起き上がった。夜遅くまで話をしていたのだろう。
朝食の席には、時間ぎりぎりに間に合った。
起きてすることといえば、トイレに行って顔を洗って髪をとかして着替えるだけだ。
少なくとも、祢子はそう思っていた。
だから、髪がはねている、まぶたが腫れている、寝じわがついていると気にしてぐずぐずするのが、まったく理解できない。
髪がはねたところで、何が問題なのだろう?
まぶたの腫れや、顔の寝じわは、時間が経てば引く。
それよりも、朝食に遅れた方が、怒られるし、余計に目立つだろうに。
「美化係は、この後ここに集合。それから、六年生全員、荷物を持って、ロビーに八時半に集合。
トイレを済ませておくこと」
みんなが食事をしている間を歩き回りながら、田貫先生が言った。
「保健係は、班の中に具合が悪い人がいないか、健康観察して私に報告すること」
宇佐先生も言った。
美化係のまりちゃんが急いで食事を済ませて、田貫先生のところに行った。
保健係のみちこちゃんは、班のひとりひとりの顔を見た。
だいじょうぶ、とか、元気でーす、とか返事がある。
最後に祢子の顔をおそるおそる見たので、祢子はにっこりして、「元気」と言った。
わたしは、あんなに些細なことを根に持つ小物じゃないのよ。
子ネズミのようにビビらなくってもだいじょうぶ。
祢子の心の声が聞こえたわけでもないだろうが、みちこちゃんはさっと紅潮して、目をそらせて立ち上がった。
祢子は部屋に戻って、酔い止めを飲んだ。
あと一日半だ。
バスは、グラバー邸に着いた。
集合・人数確認の後、バスガイドさんが三角の黄色い旗を持って歩き始めた。
一班からぞろぞろとあとについていく。
途中の広いところでガイドさんが止まって、グラバー邸について説明を始めた。
トーマス・グラバーさんが幕末に建てた家ということはわかったが、細かいところはよく聞こえなかった。
石畳の坂道が続く。
おしゃれな建物があちこちに建っていて、きれいに手入れされたつつじなどの植栽も続くが、季節がら花もなく、風が冷たい。
ここの何が楽しいのか、祢子にはよくわからない。
修学旅行だから、何か学ぶことがあるのかもしれないが、学びたくなるような興味がもてない。
また各クラスで集合写真を撮った。
観光客らしいカップルが通りがかる。
生徒たちは、にやにやしながら、カップルだ、アベックだと指さしたり、手でハートマークを作ったりしている。
あの人たちには、楽しい場所なのかもしれない。
だれか、一緒にいて楽しい人と来たなら。
話が弾む人と来たなら、どこでも楽しいだろう。
わたしだったら、誰となら、と思って。
祢子の頭の中には、トビ兄ちゃんやトドさんが浮かんだ。
そのことに、祢子はうろたえた。
八坂くんがいい。八坂くんとなら楽しいに決まっている。
でも、まるで話したこともない八坂くんと、一緒にいて楽しいのかな。