水無月2
「ただいま~」
祢子は、勝手口から入り、料理をしている母さんに声をかけた。
「おかえり。ノート、買えた?」
「うん」
祢子は、ノートを掲げて母さんに見せた。
「よかった。じゃあ、お財布返して」
祢子は、どきっとした。
自分の両手を上げて、穴が開くほど見つめた。
それから、胸の辺りやスカートを上から何度も撫でたり押さえたりした。
袋は持って行っていない。服にはポケットもない。
そうすると、どこに。
「……落としたの?」
母さんの怖い声が上から降ってくる。
祢子はうなだれた。
これは夢かもしれない。きっと。悪い夢だ。
「探してきなさい、すぐに!」
勝手口を乱暴に開けて、祢子は外に出た。
心臓はきゅうっと締め付けられ、頭はかっかとして、涙がにじんでくる。
どこで落としたのだろう。なんで落としちゃったんだろう。
まだだれも拾っていませんように。
さっき通った道を、ゆっくりと目をこらして歩いていく。
夕闇がうっすらと満ちてきた。小雨まで降って来た。
さっき、道のどちら側を通っただろう。
道の左右を行ったり来たりしながらゆっくり探したのに、とうとう小林商店まで来てしまった。
店の中に置き忘れたかもしれない、と思いつく。
勇気を出して中に入って、運よく、まだそこにいたおばさんに聞いた。
「さっき、ノートを買った時、お財布、落としたみたいなんだけど、知りませんか?」
「知らないね」
おばさんは愛想なくつぶやくと、そっぽを向いた。
青年はもういなかった。
祢子は店の中を一周して確かめてから、また外に出た。
どうしよう。
母さんに、何て言おう。
あんなに、落とさないでって言われたのに、なんで落としたんだろう。