師走3
店員のおばさんが、バッグを紙袋に入れて母さんに渡した。
母さんは、紙袋を祢子に渡した。
「はい。これで本当に、準備オーケーね」
祢子は、紙袋を抱きしめた。
「さあ、食品売り場にも寄るよ」
「うん。荷物持つよ」
本当は、本屋ものぞいてみたかったのだが、そこまではねだれなかった。
食品売り場を一緒に回りながら、祢子は母さんとおしゃべりした。
「お仕事、どんなことしているの?」
「お客さんの相手をしたり、お茶を量って袋に詰めたりしているよ。
お葬式があったりしたら、袋に入れたお茶の注文がたくさん入って、忙しくなるけど、あとはそんなに忙しくはないよ。店長さんもいるし」
「母さんの働いているお店って、どこにあるの?」
「郵便局の近くよ。ここに来る途中」
「今度行ってみてもいい?」
「だあめ。子どもが来るようなお店じゃないし、邪魔になるから」
母さんは、話しながらでも豆腐や肉をかごに入れるのを忘れない。
「お仕事って、楽しい?」
「う~ん、楽しいってほどじゃないけど。
でも、お父さん、偉いよね。
お母さんがちょっと働いて稼ぐお金の何倍も稼いで、家族を養ってくれているんだから。
お母さんにはとてもできないよ」
「うん……でも、母さんは、このバッグを買ってくれたじゃん」
祢子が紙袋を持ち上げると、母さんは嬉しそうにほほ笑んだ。
「そのバッグのどこかに、名前の刺繍を入れようか」
「名前?」
おしゃれなバッグに、カタカナかひらがなの名前がどーんと入った図が、祢子の頭に浮かんだ。
ちょっといやだな。でも、母さんになんて断ろうか。
「だって、あまり目立つ色じゃないし、他の人のと間違えたら困るでしょ。
刺繍だったら、ほどけば消えるし。
なんて入れる? イニシャルでもいいよ」
「イニシャルって?」
「名前をローマ字で書いた時の頭文字。たとえば祢子だったら、N・Kよ」
ローマ字は四年生で習った。
「それ、かっこいい。……母さん、ありがとう!」
たくさん買い物をした。祢子の自転車の小さいかごにもレジ袋が一つ入っている。
母さんは、祢子のバッグが入った紙袋を前のかごに、大きなレジ袋を両方のハンドルにかけて、北風に向かって自転車を漕ぐ。
祢子はその後をついていく。
冷たい風が、髪を逆立て、頬をひりひりと乾かしていく。それさえも気持ちよい。
祢子の胸は嬉しさでいっぱいに膨らんでいた。
「ただいま~」
「手を洗って、うがいをしなさい!」
「は~い」
父さんの命令だって、聞き流せる。
手洗いとうがいをしていると、健太が横に立って、
「姉ちゃん、何買ってもらったの?」
「修学旅行用のバッグ」
「見せて見せて」
「どうしよっかな~」
健太をからかいながら、居間でバッグのお披露目をした。
いいないいな、と健太が騒いでいたら、おじいちゃんが書斎から出てきて居間を通りがかった。
トイレに行くのだろう。
「おじいちゃん、姉ちゃんが修学旅行に行くんだって。これ、新しいバッグだって」
「そうか」
おじいちゃんはそうつぶやいてトイレに行った。
書斎に戻ったかと思ったら、おじいちゃんがまた居間に来た。
「祢子。これ、持っていきなさい」
おじいちゃんがそう言って、むき出しの千円札を何枚か、祢子に差し出した。
「えっ?」
祢子が驚いていると、
「おやじ、それはいいから」
寝転がっていた父さんが座り直して、眉間にしわを寄せながら怒った口調で言った。
「修学旅行に行くのに、こづかいでもと……」
「ちゃんと持たせるから、心配いらないから。ほら、金をしまって」
なにも、怒らなくてもいいのに。
母さんが来て、おじいちゃんに説明した。
「おこづかいは三千円まで、って決まっているんですよ。それ以上持って行ったら先生に怒られます」
「そうか……」
おじいちゃんはお金を出したり引っ込めたりしていたが、最後はがっかりしたような顔になって、書斎にとぼとぼ戻っていった。
祢子もがっかりしていた。
持っていけなくても、うちに置いとけばいいのに。
でも、なぜおじいちゃんまで、がっかりしたんだろう。
お金を使わずにすんで、よかったのに。