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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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霜月13

 祢子は、しぶしぶおじいちゃんを呼びに行った。


 おじいちゃんは、何か焼きものを手に取ってじっと眺めていた。

「おじいちゃん、おやつ」

「うむ」

 それを布にくるんで箱に収め、ふたをしてから、おじいちゃんは、よいしょと立ち上がった。



 祢子の後をおじいちゃんがついてくる。

 曲がった背中についた禿げ上がった頭を前のめりに揺らし、小股に歩く、その気配がうとましい。


 祢子の心にできた小さなヒビから、粘っこくてどす黒いものがぼこっぼこっと噴き出してくる。



 おじいちゃんの席にだけ、おしゃれな菓子皿に和菓子が載せてあった。湯呑に濃いお茶が淹れてある。


 おじいちゃんは黙って食べて、ごちそうさまと言って、居間のこたつに行った。



 おじいちゃんと一緒に食べても、何にも楽しくないのに。

 一緒に食べる意味なんて無いのに。

 母さんと、話もできないし。



 祢子も黙って食べて、すぐに二階に上がった。



 祢子の気持ちは、もやもやしたままだ。



 母さんは、わたしを悪者にした。

 母さんは、わたしよりも、おじいちゃんが大事なんだ。

 おじいちゃんは、母さんやわたしの事なんて、召使いくらいにしか思っていないのに。






 この頃また、祢子は学校図書館で本を借りるようになっていた。

 本を読みたいのもあるけれど、本を借りるときの貸し出しカードを見るのが、秘かな楽しみになっていた。




 それは、『怪人二十面相』を借りる時だった。

 貸し出しカードに名前を記入しようとして、上の欄にやさかくんの名前を見つけた。



 「6の1 八坂 裕二郎」



 祢子は、自分の心臓が止まるかと思った。


 濃くて大らかな字だ。

 いい字。この字、好き。

 裕二郎、って名前なんだ。裕二郎。ぴったりな名前。



 二十面相シリーズの他のカードも見てみる。

 ほとんどに八坂くんの名前があった。


 探偵ものが好きなんだ。


 ルパンシリーズや、ホームズシリーズは、読み始めたところらしい。



 八坂くんの名前は、勝手に祢子の目に飛び込んできて、心臓をつかむ。

 血管がどくどくと音を立てて、周りの人に聞こえないかと心配になる。




 そんなわけで、祢子は今、怪人二十面相にはまっている。


 明智探偵は正義のヒーローっぽくなくて、陰鬱な雰囲気なのがいい。

 二十面相が誰に扮しているのかと、毎回どきどきする。ページを繰る手が止められない。


 八坂くんもそうなのだろうか。

 この同じ本をめくりながら、同じようにどきどきしたのだろうか。




 八坂くんは、一組だから、ほとんど会わない。

 たまに姿を見ると、祢子の目は自然に八坂くんを追っている。

 八坂くんの声を聞き分けることができる。



 八坂くんは背が高くてスポーツも勉強もよくできるので、女子にとても人気がある。

 女子全員が競争相手かもしれない。


 でもその中に入って、少女マンガの敵役のように、黄色い声を上げたり、策略を巡らせたり、嫉妬に狂ったり、なんてみっともないことは絶対したくない。


 八坂くんの方から、特別な目で見てくるまで待とう、と祢子は思う。





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