霜月11
五時少し過ぎて、「ただいま~」と健太の声がした。
そのすぐ後に、母さんの自転車のブレーキの音がした。
祢子は、階段を駆け下りて母さんを出迎えた。
健太はおじいちゃんの横でこたつに入って、一緒にテレビを見ていた。
今まで宿題もしないでテレビを見たら、母さんに怒られていたのに。
母さんは、自転車の前のカゴには仕事用のバッグを、両方のハンドルにはスーパーの袋をぶら下げて、自転車を庭に入れていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。いい子にしてた?」
母さんは、少し疲れた顔でにっこり笑った。
暗い顔ではない。よかった。
たぶんいい子ではなかった気がするが、祢子はうん、と答えた。
「ああ、洗濯物を入れなきゃ」
母さんががっかりしたような声を出した。
「わたしがする。気が付かなくてごめんなさい」
祢子は荷物を一つ受け持って、母さんに続いて中に入った。
母さんがおじいちゃんに、「ただいま帰りました」と言った。
おじいちゃんと健太は、母さんを見て「おかえり」と言って、またテレビに戻った。
母さんは台所にスーパーの袋を置くと、手洗いとうがいをしに洗面所に行った。
戻ってくるなり、エプロンをつけて、食材を冷蔵庫に入れたり、鍋に水を入れて火にかけたりし始めた。
「祢子、洗濯物より先に、お風呂のお湯を張ってちょうだい」
「はあい」
祢子は風呂に湯を入れ始めてから、洗濯物を取り込んだ。
洗濯物を片付けるころに、ちょうど湯舟がいっぱいになった。
「おじいちゃん、お湯が沸いたよ」
「わかった」
おじいちゃんは、よっこらせとこたつから出て、風呂の支度をしに書斎に向かった。
祢子はすかさずテレビを消して、健太をにらみつけた。
「健太、宿題は?」
健太はしぶしぶこたつから出て、二階に上がった。
母さんの手伝いをしに台所に行く。
「なにか手伝うよ」
「宿題は?」
「もう終わった」
本当はまだ少し残っている。でも、もう終わったようなものだ。
「じゃあ、テーブルの上を拭いてちょうだい。それから、お鍋にするから、それ用の食器を出して」
母さんは、今日は初めてだったけど、仕事はどうだったのだろう。
たくさん話を聞きたいけど、今話しかけても邪魔になりそうだ。
ただいま、と玄関から父さんの声がした。
「お帰りなさい」
ああ、まだおじいちゃんがお風呂に入っているから、父さんは足が洗えない。
どうしよう。
祢子はひとりでやきもきした。
父さんは、下着姿になって現れると、洗面所の戸を開けて入って、手洗いとうがいをした。
おじいちゃんがお風呂に入っているので、すぐに足を洗うことはあきらめたようだ。
洗面所から靴下をはいたまま出てきて、戸を閉めると、その前にじっと立って待っている。
ほかほかと湯気を立てたおじいちゃんが、寝間着の上に半纏を着て洗面所から出てくると、父さんは黙ったままおじいちゃんとすれ違うようにして、足を洗いに風呂場に入った。