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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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霜月9

 父さんは、居間で寝転がってテレビを見ている。

 おじいちゃんは、書斎だろうか。



 トビ兄ちゃんがいなくなった家の中は、しらじらとして空虚すぎる。

 心細くて、のどがつかえる。




 ガチャン。

 母さんが、あっ、と声を上げた。

「どうしたの、母さん」


「なんでもない。なんでもないから」

 母さんが床にかがみこんで、割れた皿のカケラを拾い始めた。


 祢子が手伝おうとすると、

「こっちに来ないで。破片が散っているかもしれないから」と追い払うようなしぐさをした。


「手を切っていない?」

「切っていないから、だいじょうぶ」


 声が震えているような気がしたが、母さんはうつむいているので、表情が見えない。


 母さんは黙々と、大きいカケラの中に、摘まみ上げた小さいカケラを入れていた。



 




 休みが明けてすぐ、学習発表会の日が来た。



 一年生から三年生は午前中、午後は四年生から六年生の発表がある。





 祢子たちは午前中は教室で授業だ。

 十一月から窓際の後ろの席になった祢子は、窓から体育館を眺めていた。


 あいにくの雨の中、傘をさした保護者が、次々に校門を入って来る。


 保護者達は、屋根付きの渡り廊下で傘をたたんで、靴をスリッパに履き替える。

 靴は、係の先生が手渡すビニール袋に入れている。


 かっぱを着た小さい子を連れたお母さんは、かっぱを脱がしたり長靴を履き替えさせたり、大変そうだ。



 みんな、紙の花で飾られた看板が立てかけられた、体育館の入り口から、ぞろぞろと中に入っていく。





 六年生は給食を食べ終わると、昼休みの間に準備をする。

 二組は楽器を運ぶくらいだが、一組は衣裳や道具を運ぶので、忙しそうだ。


 母さんは、祢子と健太の発表が一度に見られるのでよかったと言っていた。

 このごろ大変だったから、楽しく過ごしてほしい。


 生徒たちは、体育館の自分のクラスの場所で、体育座りをしながら開始を待つ。

 雨の日なので、湿っぽくて肌寒い。

 体育館の天井ライトがついているが、それでも薄暗い。


 生徒たちは入り口を気にしている。

 逆光でよくわからないが、たぶん母さんらしい人が入って来たので、祢子はほっとした。




 午後の部は健太のクラスから始まった。

「きき耳ずきん」の劇だ。


 健太は何の役だったっけ。

 そういえば、聞いていなかった。


 祢子はメガネをかけてステージに目を凝らしていたが、あれが健太だと、はっきりとはわからなかった。


 たぶん、カラスの面をかぶっていたのが健太だろう。

 黒い服が要る、と昨日の夜になって母さんに言って、怒られていたから。

 その後どうなったか知らないが、母さんがなんとか探し出してくれたのだろう。


 あまり大きな声が出ていなくて、なんと言っているのかわからなかった。

 あの健太も緊張するんだ。

 祢子は意地悪な気分になった。




 歌や楽器演奏、劇、と交互に続いて、六年一組の「リア王」の番になった。


 主役のリア王は、やっぱりやさかくんだった。



 「リア王」は、一部が六年生の教科書に載っている。

 全部をそのまま小学生が演じるのは難しいし、下の学年の子どもたちが理解できるかもあやしいので、今田先生がセリフも場面もわかりやすく簡単にしたらしい。


 おかげで、悲劇というよりは喜劇みたいになっていた。

 しょっちゅう、どっと笑いが起こった。



 かーこは、いじわるなお姉さんの一人になっていたが、なんだか生き生きと楽しそうにやっていた。

 ドレスは、お母さんのワンピースに自分でいろいろくっつけたらしいが、舞台では結構見栄えがした。

 あとでほめたら、かーこは機嫌よくなるだろう。



 やさかくんは、堂々としていて、声も身振りも大きくて、人を笑わせるのが上手だった。

 やさかくんがセリフを言ったり、少し身動きしたりするだけで、なぜかおかしくなる。

 次第に、観客はやさかくんの一挙一動に釘付けになっていった。



 祢子は初めて、やさかくんの存在を特別に意識した。




 大いに受けた一組の劇の後で、面白くもない音楽をやるのは肩身が狭い。

 そう思ったが、最後の「贈る言葉」は、体育館の中の大人も子どもも一緒になって歌い始めた。

 思いがけず、祢子までじいんとした。


 ふとこずえちゃんの方を見ると、今日のこずえちゃんは一所懸命に客席を見ていた。





 その日の夕食のあと、父さんとおじいちゃんが食卓を離れてから、子どもたちと母さんは久しぶりにいろいろ話して盛り上がった。

 祢子は母さんの笑顔が嬉しくてたまらなかった。




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