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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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霜月7

「それより、洗濯物を入れてたたんでくれる?」

「はあい」


 祢子は庭に出て、竿に干してある洗濯物をさわってみた。全部きれいに乾いていた。


 人数が多いので、たくさんある。一度には持てないので、縁側を何度も行ったり来たりした。


 縁側から、ガラス障子越しに、居間の様子が見える。


 トビ兄ちゃんはテレビの前で胡坐をかいている。

 寝転がっていた父さんが座り直して、トビ兄ちゃんと何か話し始めた。

 健太は、トビ兄ちゃんの膝の上で猫みたいにじゃれついている。



 祢子は、座敷の座卓の上に積み上げた洗濯物をたたみ始めた。

 ふすま越しに、男たちの話し声が聞こえるが、何を話しているのかまではわからない。


 家族の洗濯物は見分けがつくが、おじいちゃんとトビ兄ちゃんのがよくわからない。

 おじいちゃんは父さんと同じくらいの背丈だから、明らかに大きいのがトビ兄ちゃんのだろう。

 なんだか、その下着にさわるのが恥ずかしかったが、がんばってきれいにたたんだ。


 めいめいの分を別々に重ねてまとめておく。

 タオル類と、祢子と健太と母さんの衣類だけは、たんすに入れた。

 後は、母さんに任せた方がいいだろう。分類に自信がない。




「お風呂にお湯を張ってちょうだい。掃除は終わっているよ。

おじいちゃんが早く入りたいみたいだから」

 洗濯物の片づけが終わると、母さんに言いつけられた。


 祢子は風呂場に行って、浴槽に栓をした。

 湯と水の蛇口をひねる。ぼっ、と、灯油のボイラーに点火した音がする。


 湯と水の調節は、加減がなかなか難しい。湯の方は、いっぱい出すと、十分に熱い湯が出ない。

 冬は、水はあまり足さない方がいい。少し熱いくらいでないと、すぐにぬるくなってしまうのだ。

 結構、熟練の技が要る。


 風呂のふたをして、時計を確かめる。

 二十分後。忘れずに見に来ないと、お湯があふれてしまう。




 お風呂がそろそろいっぱいになるころに、祢子はおじいちゃんを呼びに書斎に行った。


 狭い書斎におじいちゃんとトビ兄ちゃん、二人分の布団がたたんである。

 おじいちゃんは、まだ荷物の片づけをしていたようだ。


「おじいちゃん、お風呂が沸いたよ」

「おお、祢子か。わかった」

 もう一言なにか言った方がいいのかも、と思いながら、何を言っていいのかわからない。


 おじいちゃんはあっちを向いて、風呂上りに着るものの準備を始めたので、祢子は風呂の湯を止めに戻った。




 おじいちゃんがお風呂から上がって、夕食が始まった。

 お刺身に煮魚に、鶏肉を入れた煮しめに、シュウマイ、酢物。ごちそうだらけだ。


 母さんが、男の人たちの猪口にお酒をついだ。

 母さんと祢子と健太はお水を入れてもらって、みんなで乾杯した。



 乾杯のあとは、おじいちゃんも父さんも黙って食べている。


 母さんが、トビ兄ちゃんに、トビ兄ちゃんの家族の様子など尋ねた。

 伯父さんも伯母さんも元気。

 トビ兄ちゃんのお兄さんは結婚して、もうすぐお嫁さんに子どもが生まれるそうだ。


 ミキオ兄ちゃん、だったっけ。

 ずっと年上で、ほとんど会ったことがないので、祢子はよく覚えていない。


「トビ兄ちゃん、おじさんになるの?」

 祢子が聞くと、

「そうだよ。もうおじさんなんだよ」

 トビ兄ちゃんが情けなさそうな顔で、おどけてみせた。



 トビ兄ちゃんは明日には帰って行っちゃうんだ。

 そして、おじいちゃんとの生活がこの先ずっと続くんだ。



 トビ兄ちゃんの顔を見ていると、なんだか泣きたくなってきた。

 でも泣いたら、みんなびっくりして、泣いた訳をしつこく聞いてくるだろう。

 訳なんて、祢子にもよくわからないのに。


 祢子はぐっとこらえて、食べることに集中した。




 おじいちゃんは、煮魚をきれいに骨だけにした。

 そして、母さんにお湯を頼んだ。


 母さんが湯呑にお湯を入れていくと、おじいちゃんは、魚の骨の上から少しお湯を注いだ。

 煮魚用の皿なので、お湯も少ししか入らない。


 何をするのだろうと見ていると、箸で骨を軽くゆすってから、皿を持ち上げて、お湯で薄まった煮汁を飲み干した。


 みんなの視線に気づくと、おじいちゃんは真面目な顔で説明した。

「骨にも栄養がたくさんあるからな」


 誰も何も言わない。

 どう反応したらいいのか、祢子にもまるでわからない。



 ただ、これだけは言える。

 祢子や健太が同じことをしたら、父さんは烈火のごとく怒るだろう。

 父さんは、食事のマナーにはとてもうるさいのだ。

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