霜月6
トビ兄ちゃんと健太に背を向けて、祢子は数珠玉の中の芯を抜く。
つやつやとして固い、まだらな灰色の実の先っぽから、少し芯が飛び出している。
力加減を上手にしたら、引っ張った芯は途中で切れずにするっと抜けて、穴が通る。
芯は、枯草の匂いがする。
芯を抜いた数珠玉は、糸を通して、ネックレスやブレスレットにすることもできる。
トビ兄ちゃんがこっちに来た。
「なにしてるの、祢子は?」
「ほら、数珠玉」
祢子は手のひらを上げて見せる。
「へえ。珍しいなあ」
祢子の手のひらから、トビ兄ちゃんは一つ数珠玉をつまみ上げて、しげしげと見つめた。
「本当に数珠玉みたいだな」
トビ兄ちゃんが興味を示したのが嬉しくなって、祢子は取った数珠玉を全部差し出した。
「じゃあ、あげる」
トビ兄ちゃんは苦笑して手を横に振った。
「……いや、おれはいいや。祢子が持っといて」
祢子はがっかりした。
健太もこっちに来た。
祢子は、手の中の数珠玉を川原に捨てて、道に上がった。
家に戻ると、母さんが台所で忙しく働いていた。
今夜のごちそうを作っているのだ。
出汁や醤油や肉や魚の匂いがいっぱいに漂っている。
「おかえり。楽しかった?」
「ただいま。わあ、いい匂い。お腹すいたー」
「手を洗って、うがいをしなさい!」
居間から父さんが怒鳴った。寝転んで、テレビを見ている。
おじいちゃんの姿が見えないが、書斎にいるのだろう。
「まだ夕飯まで時間があるから、なにか軽くおやつを食べておいて。
祢子、トビオくんにお茶を淹れてあげなさい」
「はあい」
母さんは忙しいから、手が離せないのだ。祢子がするしかない。
母さんはいつもどうしていたっけ。
思い出しながら、祢子はポットから急須にお湯を注いで、湯呑にお茶を淹れた。
小さいお盆に湯呑を置いて、テーブルに着いたトビ兄ちゃんの前に置く。
慣れないことをしてちょっと緊張した。
「ありがとう、祢子」
満足げなトビ兄ちゃんの顔が嬉しい。
「姉ちゃん、オレのは?」
祢子は、むかっとした。なんで健太の分まで。
「健太は自分で牛乳でも飲めばいいじゃん」
「ちぇっ」
母さんが、ささっと来て、お菓子の箱を開けた。珍しいお菓子がある。
「おじいちゃんたちからのお土産よ」
一つ取って包み紙を開いてみたら、白っぽくて薄い高野豆腐のようなものが入っている。
口に入れると、甘くふわっと、新しく降り積もった雪のように溶けていった。
「うまいだろ?」
トビ兄ちゃんがにこにこしながら聞く。
「うん、とっても。こんなお菓子、初めて」
「嘘言わないの。前にも食べたことあるはずよ。お父さんの家に行ったときはいつも買うんだから」
台所から母さんの声が飛んできた。
でも、覚えていないのだから、嘘じゃない。
おいしいけれど、高級そうなお菓子なので、一つ食べただけでがまんした。
健太がもう一つ食べようとしたので、「ご飯が食べられなくなるから、だめ」と止めさせた。
祢子は、立ち上がると、母さんの横に立った。
「ごめんなさい、母さん。手伝うよ。何をしようか?」
「今は、だいじょうぶ。後で呼ぶから、その時にお願い」
祢子がもう少し力が強くて背が高かったら、手伝えることはもっとたくさんあるはずなのだ。
野菜を茹でたり、揚げ物をしたり、大きい鍋を洗って片付けたり。
母さんが一人でやった方が手際が良くて上手なので、母さんは料理はあまり手伝わせない。
祢子にできるのは、配ぜんや皿洗いくらいだ。