霜月5
少しの間、二人とも黙っていた。
じっとしていると、風は冷たいが、日が当たるところはぽかぽかして気持ちいい。
「なんだ、祢子は何か言いたいことでもあるんじゃないか?」
言おうか言うまいかと迷っていたことを見抜かれて、祢子は息を吐いた。
なんでトビ兄ちゃんにはわかってしまうんだろう。
「……わたしは、女の子じゃいけなかったのかな」
「ん? なんで?」
トビ兄ちゃんは、心底不思議そうな声を上げた。
「だって、わたしが生まれた時、男じゃなくてみんながっかりしたみたいだし……
祢子が男だったら、って、父さんも母さんも言うから」
「なんだ。そんなこと、気にしていたのか」
トビ兄ちゃんは、はははと笑った。
「……気にしなくていいよ。大人ってのは、無神経なことを言うもんだ。
おれなんて、女の子だったらよかったのに、って言われてたよ。
一人くらい、女の子が欲しかったんだってさ」
「そうなんだ……でも、うちは健太がいるのに、わたしまで男にならなくてもいいんじゃないの?」
「うーん」
トビ兄ちゃんは、苦笑した。
「祢子が頭がいいから、叔父さんも叔母さんも悔しいのかもね」
「悔しいって、どうして?」
トビ兄ちゃんは、祢子を憐れむように見た。
「男の方が、十分にその頭を生かせるから」
「どうして?」
「どうしてだろうね。でもまあ、いまのところ、そういう風になっているから。
それを変えることはなかなか難しいよ。
……女は、子どもを生んだり、家のことをしたりしないといけないし」
「女がしないといけないの?」
「だって、誰かがしないといけないだろ? 子どもを産むことは、女にしかできないし」
「……うん」
「女がいなくなったら、男だけの世界なんて、何の意味も無いよ。
男は、女と子どものために生きてるんだから」
「……そうなんだ」
「祢子も、そのうち結婚して子どもを生むだろ?
祢子の子どもだったら、きっとかわいいよ。
叔父さんも叔母さんも、孫にめろめろになって、祢子が女の子でよかった、って言うに決まってるんだから」
違う。
そういう言葉で慰めてほしかったんじゃない。
でも、トビ兄ちゃんは飽くまでも穏やかで優しくて、心にも体にも沁みるような話し方をする。
トビ兄ちゃんがそう言うのなら、もう、それでいいのかな。
そういうものだと思ってしまえば、世の中はふわふわした優しいものになって、冷たいもの、残酷なものから祢子を守ってくれるのだろう。
トビ兄ちゃんみたいな頼りがいのある男の人たちが、真綿でくるむようにして守ってくれるのだろう。
帰り道は、川の反対側の道を通った。
家のあたりを通り過ぎて、もう少し川下に足を伸ばす。
川幅が広くなって、流れが緩やかになった。
川原に下りて、三人で石切りをした。
できるだけ薄くて平べったい石を探して、姿勢を低くして、川面に石を跳ばす。
祢子も健太も、何度やっても、せいぜい二回しか跳ばない。
トビ兄ちゃんがすると、石は、三度も四度も、遠くまで勢いよく跳ねていく。
もっといい石を選んだら、もっと跳ばせるかもしれない。
祢子は川原の石をひっくり返してみる。
上の方は乾いていくらかぬくもっているが、その下の石は湿って冷たい。
じとじとして、なにやら小さい生き物がうごめいている。
手に取るのをあきらめて立ち上がると、川原に生えた背の高い草に、数珠玉が実っている。
祢子は数珠玉をむしり始めた。
健太とトビ兄ちゃんはまだ石切りをしていた。