霜月3
「トビ兄ちゃん、いつまでいるの?」
お昼のうどんを食べながら、健太がトビ兄ちゃんに聞いた。
「明日、もう帰るよ」
「ええっ、明日?」
「早すぎる!」
耳を立てて聞いていた祢子は、思わず健太と同時に叫んだ。
「でもねえ、帰るのにも一日かかるし」
トビ兄ちゃんは困った顔をした。
「もっといてよ、ねえ」
「もっと一緒に遊ぼうよ」
父さんが、うるさそうに言った。
「トビオは、大学の勉強があるの! 子どもが邪魔しちゃいけません!」
「だって……」
「だっても何もない! さっさとご飯を食べなさい!」
うどんの味がしなくなった。
祢子と健太はうつむいて、どんぶりの中をやたらに箸でつついた。
「ご飯を食べたら、一緒に散歩に行こうか?」
トビ兄ちゃんが祢子と健太をかわるがわる見ながら言った。
「うん!」
健太が元気になった。
「じゃあ、早く食べちゃって」
「はあい」
祢子も残りのうどんを平らげる。
「ごめんなさいね、トビオくん」母さんが言う。
「いえ、ぼくもちょっと歩きたかったので」
トビ兄ちゃんだって、引っ越しの手伝いだけして帰るなんて、面白くもないに決まっている。
父さんにはどうしてわからないんだろう?
片づけは手伝わなくていいから、と母さんが言ってくれた。
食べ終わったらすぐ、三人はジャンパーをはおり、靴を履いて外に出た。
「さあ、どこに行こうか?」とトビ兄ちゃん。
「トビ兄ちゃんは、どこに行きたい?」
祢子が首を思いきり後ろにそらせないと、背の高いトビ兄ちゃんの顔は見えない。
トビ兄ちゃんは下を向いてくれた。
「どこって……まあ、歩いて行ける所だなあ。おれはここら辺全然わからないし。
祢子と健太は、どこに行きたい?」
トビ兄ちゃんは、いつも祢子と健太、と聞いてくれる。祢子はそれも嬉しい。
「学校!」
健太が先に叫んだ。
トビ兄ちゃんが、祢子を見た。祢子の意見も確かめてくれるのだ。
「……うん、まあ、いいよ」
祢子も他に思いつかない。
仕方ない、健太の案に乗るか。
「じゃあ、祢子と健太の行っている小学校に行こう。案内して」
「こっち、こっち」
健太がはしゃいで先に駆け出した。
「健太、飛び出しちゃだめだ、ほら、手をつなごう」
「うん!」
健太はいそいそとトビ兄ちゃんの差し出した手をつかんだ。
「祢子も、ほら」
トビ兄ちゃんがもう片方の手を祢子に差し出したが、祢子はぷいと横を向いた。
「わたしは、飛び出したりしないもん。そんな子どもじゃないもん」
「そうか。そうだな。もう六年生だもんな」
トビ兄ちゃんは苦笑して、あっさり手を引っ込めた。
子どものふりして手を取ればよかった、と祢子は秘かに後悔した。
川沿いの通学路を三人で並んで歩く。
健太は、トビ兄ちゃんとつないだ手を振り回しながら、学校でのことを次から次へとトビ兄ちゃんに話す。
祢子が知らないこともたくさんあった。たぶん、父さんや母さんも知らないだろう。
よく晴れていてよかった。
ススキの穂や川のさざ波が、銀色に輝いている。
いつも見慣れている道なのに、今日はなんだか、吹いている風さえ特別に感じる。
「こっちはあったかいなあ」
寒くなってきたなあ、と思っていたので、祢子はびっくりした。
「あっちは、そんなに寒いの?」
やっとトビ兄ちゃんに話しかけられた。
「うん。もうそろそろ霜が降りたり、氷が張ったりするなあ」
「つるん、って滑ったりする?」
「そうだよ。だから滑らないように、こうやって歩くんだ」
トビ兄ちゃんが、急によちよち歩きはじめた。ペンギンみたいだ。
「ペンギンみたい!」
健太が叫んで、面白がってまねし始めた。
祢子も一緒になってペンギン歩きをした。