神無月9
そういえば、トドさんはどうしているのだろう。
祢子は、もうずっと姿を見ていなかった。
通りがかる度に、小さな公園や、公園の向こうの家にちらっと目をやるのだが、気配も感じない。
やっと、祢子の気持ちを分かってくれたのだ、だから現れなくなったのだ。
ありがとう、トドさん。
今では、夏休みのことが、ずいぶんと遠い。
名前だけは知っている、だれか他の子に起こった出来事みたい。
祢子は、こっそり妄想する。
自分を救うことができる、ただ一人の少女に逃げられて、絶望するトドさん。
毒杯をあおるトドさん。
短剣で胸を刺すトドさん。
毒蛇に腕を噛ませるトドさん。
唇の端からたらりと鮮血を垂らしながら、トドさんはほほ笑む。
祢子ちゃん、きみを恨んではいない。
ぼくたちの出会いは、ちょっと早すぎたんだね。
今度は、きみの息子として生まれてくるよ……
息子なら、きみはぼくを拒めないから……
こんな想像をする祢子は、悪女なのだろうか。
悪女、という響きに祢子はちょっとばかりうっとりする。
とてつもない秘密のエネルギー。
お金でもなく、権力でもない。
でも、男性が抵抗できない、なにか本能的な、原始の昔から存在する引力を操る女。
悪くない。