神無月7
二学期は、行事が盛りだくさんだ。
十一月の学習発表会にむけて、準備が始まった。
二組の出し物は、いつの間にか歌と合奏に決まっていた。
田貫先生は音楽の先生だから、指導しやすいのだろう。
一組は、「リア王」の劇をやるそうだ。
わいわい楽しそうに衣裳や道具を準備したり、劇の配役を決めて練習したりしている。
かーこからその様子を聞くと、やっぱり一組はいいなあ、と祢子はうらやましい。
出し物の歌は、「翼をください」と「贈る言葉」。
伴奏は、ピアノが上手なゆきちゃんとこずえちゃんになった。
こずえちゃんがピアノが上手だということを祢子は初めて知った。
合奏は、「グリーングリーン」。
ピアノとピアニカとリコーダーを使う。
ピアノは先生。ピアニカは数が少ないので、先生が上手な人を選んだ。
祢子はピアニカだ。
ピアノは音楽室と体育館にしか無い。
どちらも使いたいクラスが多くてなかなか使用できないので、普段はカセットテープの伴奏で練習する。
たまにピアノが使えるときは、ゆきちゃんやこずえちゃんの伴奏で練習する。
二人とも、本当に上手だ。
おとなしいこずえちゃんが奏でる豊かな音色が、祢子は秘かに好きだった。
田貫先生は張り切っている。
指揮棒を振り、自分も歌ったりピアノを弾いたりして、ここをもっと大きく盛り上げてだの、そこをもっと小さくそっとだの、和音が合っていないだのと何度も繰り返させる。
みんなの中にいる祢子には、全体的にどうなっているのかまるでわからない。
言われるがままにやっているが、早く先生の気が済んでくれないかと思う。
学習発表会の練習で、かーこと一緒に帰れない日が増えた。
そういう時は、こずえちゃんと途中まで一緒に帰るようになった。
こずえちゃんが同じ方向に帰っていることに、今までなぜ気が付かなかっのだろう。
赤いランドセルをしょった背中を丸め加減の、こずえちゃんの後ろ姿に、祢子が駆け寄って話しかけたのが、始まりだった。
「こずえちゃん? こっちに帰るの? 一緒に帰ろう?」
黙ってうなずいたこずえちゃんに祢子は、言いたかったことを言ってみた。
「こずえちゃんって、伴奏、上手だよね」
こずえちゃんは、驚いた目をしてから、恥ずかしそうにうつむいた。
「そんな……」
「だって、わたし、こずえちゃんの音が好きだよ。
ピアノって、弾く人によって、音が変わるんだね。わたしは、こずえちゃんの音が一番好き」
祢子はちらっと、ゆきちゃんに後ろめたさを覚えた。
だけど、別にこの場にいるわけじゃないし。
「ありがとう……」
こずえちゃんが嬉しそうだから、祢子も嬉しくなった。
「ピアノ、長いこと習ってるの?」
「うん。幼稚園の時から」
「わたしも習いたかったなあ」
こずえちゃんは、申し訳なさそうにうつむいた。
「ママが、習いなさいって……」
「ふうん」
「ママは、厳しいから……」
「こずえちゃんちは、お母さんが厳しいんだ。うちは、父さんだけど」
「お父さんが?」
「うん。顔を見ると、勉強しなさいってがみがみ言う」
こずえちゃんは、恥ずかしそうに笑った。祢子も笑った。