神無月3
「だから、もう行かない。
今までありがとうございました、トドさん」
トドさんは黙って立ち尽くしている。
祢子は、背中を向けてその場を後にした。
少し行くと、そりかわくんがいた。
祢子は、あ、と言って立ち止まった。
また見られたのかな。
「おう、早く行かないと」
見られなかったのかな。
「うん。行こう」
「お弁当、おいしかった?」
とりあえず他の話題がほしい。
早足で歩きながら聞くと、
「うちはだれも来ないから、田貫先生と一緒に食べた。
……うまいとは思わなかったな」
そりかわくんは、淡々と答える。
「誰も見に来ないの?」
「うん。でも、ばあちゃんが弁当を詰めてくれた」
しまった。
聞かなければよかった。
でも、聞いてしまったことは仕方がない。
「応援合戦のあと、組体操だね」
祢子は、急いで話題を変える。
「五段ピラミッドの一番上までいくかな」
そりかわくんの口調は変わらない。
最後に男子ばかりで作る五段ピラミッド。
一番上に上がるのは、小柄で運動神経のいい、かいのくんだ。
練習では、完成したり、しなかったりだった。
「おれは、三段目なんだ」
「そうなんだ。こわくない?」
「こわくはないけどグラグラするよ」
「本番だから、うまくいくといいね」
「うん」
応援合戦の太鼓などを運ぶのは、先生たちも手伝ってくれる。
応援団以外の六年生は、ポンポンを持って生徒席の前に立ち並ぶ。
そこで、大声を出したり手拍子を打ったりするのだ。
道具を運び終えた祢子たちは、急いでその中にもぐりこむ。
応援合戦は白組が先だ。
白組応援団長は、やさかくん。体格がいいし、声も大きいので、映える。
応援団員が次々に側転を決める中、ゆっくりと現れて、三々七拍子をして、校歌を歌った。
赤組の応援団長は、さかしたくんだ。
騎馬戦の馬に乗って、日の丸扇をかざしながら現れた。
わあっと観客が沸いた。
いつもふざけているので、心配する声もあったが、意外と堂々とやり遂げた。
はなさんも格好良かった。
組体操では、にこさんと祢子の技はうまくいった。
五段ピラミッドは、先生たちが何人も周りを取り囲み、手を上げて見守っているので、そりかわくんは見えなかった。
先生たちの頭の上から、かいのくんが立ち上がって、一瞬万歳したのが見えた。
その後すぐにしゃがみこんだようだが、成功と言えるだろう。
保護者席からも、大きな拍手が起こった。
最後に、六年生のリレーだ。
はちまきをしてトラックの内側に並ぶと、あちこちでカメラを構える保護者の姿が見える。
みんな、練習とは違って、言葉少なだ。
いつもの、おんなじメンバーなのに、一人一人がつぶつぶに切り離されてしまったようだ。
今田先生が空に向かってピストルを撃つ。
始まった。
今までで一番大きい声援が沸き起こる。
それぞれが必死に走る。
誰かが途中で転んで、あちこちから悲鳴が上がった。すぐに立ち上がって走り出すと、大きな拍手が起こる。
祢子もトラックに出た。
目から耳からいろんな情報がなだれ込んできて、目まいがしそうだ。
振り返ると、突き出されたバトンがこっちに向かってくる。
祢子は少しリードし始めた。
「祢子ちゃん、がんばれ!」
男の人の大きな声が聞こえたような気がしたが、確かめる暇もなく、手に触れたバトンをつかんで、祢子は加速した。
足の関節ががくんがくんと動く。
コマ送りのようでもあり、あっという間のようでもあった。
祢子はなんとかバトンを渡した。
にこさんは、いつも通りに走り切った。
その姿に、観客席から温かい拍手が送られた。