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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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長月5

 六年生の、クラス全員参加リレーは、この小学校の運動会の伝統的な競技だ。


 他の学年は、徒競走か選抜のリレーになっている。



 一人百メートル。

 走る時は、はだしだ。



 二組は、三十五人。

 一組は三十四人なので、二回走る子が、一人いる。


 


 一組では、にこさんの順番で、苦心しているようだった。


 二組は、足が遅い生徒は真ん中に、一人おきに入れることにした。


 祢子もその中の一人だ。

 初めから期待されないというのは、気が楽だ。




 それぞれのクラスでこっそりと練習して、リレーの予行演習は本番前に一、二度しか行われない。




 予行演習は、本番さながらだ。


 

 第一走者は、どちらの組も、二番目に足の速い子を配している。

 

 今田先生が、ピストルの音をまねた声を上げる。

 走り始めた二人に、各クラスの熱い声援が送られる。


 二組の方が、わずかに早くバトンを渡した。


 それから先は乱戦で、もうどうなるか全く読めない。


 リレーはどんどん進む。


 直前の子が走り始めたので、祢子もトラックに出た。


 その瞬間、ゴールがはるか遠くに見えた。

 万人の目にさらされながら走らねばならないこと、自分も勝負の連帯責任を負っていたことに、今さらながら気づいた。



 どうしよう。

 どうしようもない。



 後ろに、赤いはちまきをした走者が迫ってくる。


 祢子は、バトンをなんとか受け取って、無我夢中で走った。

 気ばかりあせって、足がなかなかついてこない。

 それでも、転ばなかった。よかった。




 一組は、にこさんをど真ん中に入れてきた。

 祢子が息を切らしながらトラックの内側に入り、走り終わった人の列に並んだ時、空気が変わった。



 バトンを受け取ったにこさんが、どたどた走っている。

 白いはちまきの下、いろんなところの肉が、上下にゆさゆさ揺れる。


 あちこちからこっそりクスクス笑ったり、悪口を言ったりする声がする。


 「あ~あ、にこか~」「ボイン、ボイン」「この間に差を広げろ」「ぶた」「ボイン」



 ぱんぱんに張りつめた体操服を、さらに胸の形がくっきりと突き上げている。

 そのふくらみは、これ見よがしに奔放に揺れている。

 男子も女子も、みんなが、そこを見ている。



 祢子はいたたまれない。

 いたましくて、歯がゆくて、どうしてにこさんはもっと大きな体操服を着ないのだろうと腹も立ってくる。



 たった百メートルなのに、長距離の最後の百メートルみたいに、にこさんは最初から息が荒く足が重い。

 顔も真っ赤だ。

 途中で倒れないかと、はらはらする。



 二組の次の走者が、にこさんに迫り、追い抜いた。

 赤組が、どっとわく。

 にこさんのバトンを待っている子が、腕を振り回しながら「早く、早く」と叫んでいる。


 にこさん自身にもどうしようもできない。

 ただ、重力になんとか逆らいながら、一歩一歩進むだけだ。



 にこさんがやっとバトンを差し出した。

 次の走者は、にこさんからバトンを奪い取る。




「あ~あ、ずいぶん差がついたあ」「ちょっとくらい、走る練習したら?」「体重減らせよ」


 よろよろとトラックの内側に入ったにこさんに、容赦ない声が浴びせられる。


 にこさんは、ただにこにこしながら、どっかりと倒れるように座り込んだ。

 その足の裏はてかてか黒光りしていて、ふとももやふくらはぎは土埃で真っ白だ。




 何か言い返すか、泣くふりでもしたらいいのに。

 あんな風に好き勝手に言われて、なぜ、だらしなくにこにこできるんだろう。


 だから、馬鹿にされるのに。

 本気で怒って言い返すような子には、誰も面と向かって文句を言わないのに。 

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