皐月5
その席から転落したら。
田貫先生の軽蔑する目。クラスメートの視線、ひそひそ話。
想像するだけでも身がすくむ。
仕方なく、自由学習に何をするかを考える。
「姉ちゃん、お風呂~」
健太が階段の下から叫んだ。祢子は焦る。
この前、はなさんが自由学習ノートを十ページしてきたと、みんなの前で田貫先生にほめられていた。
あれは、何の勉強だったっけ。
こんな大きいページのノートを十ページとかって、何をどうしたら、そんなにできるのだろう。
祢子は、分厚い大学ノートをめくる。
六年生になって新しく配られた時は嬉しかった。
だが、実際書き始めてみると、一ページはどこまでも広く白くて、なかなか埋められないのだった。
最初の数ページには昆虫や動物の簡単なスケッチと簡単な解説を書いた。
これは、先生から何の反応もなかった。
こんなことではだめなのだ。
その後は辞書の熟語を書いたり、算数ドリルを宿題とは別にやったりしている。
「毛野さんなら、もっと何かできるはずよ」
先生にそう言われたことがあるが、祢子には本当に何も思いつけないのだった。
仕方ない。もうお風呂に入らないと、父さんに怒られる。
とりあえず何か書いたら、宿題を忘れたことにはならないはずだ。
今日も大学ノートに算数ドリルを二ページした。何回もやってほとんど答えを覚えているので、早い。
祢子はノートを閉じて部屋を出た。
「おはよう」
教室に入ると、ゆきちゃんと目が合った。ゆきちゃんは、黙ったままふいと顔をそらせた。
まずい、怒ってる。
でも、何をそんなに怒っているのか、祢子にはよくわからない。
たぶん、昨日のことだろうけど。何か悪いことしたかな。
ランドセルから教科書やノートなど出して机の引き出しに入れた。
ランドセルを机の横のフックにかける。
宿題を教卓の上に置く。
そして、自分の席に戻って、本を開いた。
昨日読み終わるはずだったのに、寝てしまったのだ。
もう少しだから、先生が来る前に読み終えてしまおう。
祢子は本の中に入り込む。
もう、後ろの席でどんな会話が飛び交っているのかわからなくなる。
そんなこと、どうでもいい。
本の世界の中での、自分であって自分でない、浮遊した自由な感覚に、深く潜り込んでいく。