長月4
体育の時間は、運動会の練習ばかりになった。
一組は白組、二組は赤組。
六年生の競技は、赤白合同では、組体操。
赤白で競争するのは、リレーと応援合戦だ。
組体操では、まず二人が組になって、「補助倒立」や「サボテン」「ミニタワー」「すべり台」をする。
祢子の相手方は、一組の「にこさん」だ。
おとなしくて、いつもにこにこしているから、「にこさん」と呼ばれている。
前は「ぶーちゃん」と呼ばれていたが、田貫先生が激しく怒ったので、「にこさん」に落ち着いたと言われている。
にこさんは、運動全般が苦手で、走るのはいつも最後から一番目かせいぜい二番目。
逆上がりもいまだにできないらしい。
自分は、背丈や体格の割には力が強い方だと、祢子は思っていた。
それでも、にこさんを支えるのに苦労した。
にこさんは倒立ができないので、なんとか倒立を成功させてあげようと、祢子はがんばってみた。
四つん這いになったにこさんの足首を、後ろから持ち上げてみる。
にこさんの体がだんだん斜めに持ち上がる。
にこさんは怖がって、いつも途中から体をくの字に曲げて元に戻ろうとする。
その重みに耐えられくなって、祢子は手を離してしまう。
にこさんの足は土煙をたてて落ち、体まで横倒しになった。
何度やってもだめで、結局、倒立するのは祢子だけになった。
にこさんの番には、二人で体育座りをする。
「さぼてん」も「ミニタワー」も、にこさんの膝や背中の上に祢子が乗るだけ。
反対は体格の差がありすぎて、とても無理だった。
「すべり台」は、うつ伏せで腕を立てたにこさんの足の間に祢子が入って、両足を肩にかけて持ち上げながら立たなければならない。
にこさんの足は、ぱんぱんにはちきれそうで、祢子の貧弱な肩から滑り落ちそうだ。
両肩にやっと載せて落ちないように手で支え、そろそろと立ち上がっていく。
にこさんの体操服はぴちぴちで、丈も幅もゆとりがない。
いつもなんとか体操ズボンの中に押し込んでいる裾が、隙あらば飛び出してくる。
にこさんを後ろから持ち上げるときも、すぐに裾が飛び出して、ずり落ちていく。
隙間からたぷりとしたお腹と、その向こうにかなりふくらんだ胸がちらっと見える。
祢子はどきりとして目を逸らせる。そして、重みにふらつかないように集中する。
二人組では、これだけが唯一にこさんができる技だから、がんばらないといけない。
あとは、三人組で「おうぎ」、六人組で「ピラミッド」だ。
「おうぎ」は、にこさんが真ん中、「ピラミッド」は一番下の真ん中になってもらう。
にこさんが活躍できるので、祢子はほっとする。
運動会が近づくと、全学年での入場行進やラジオ体操の練習が始まった。
入場行進では、入場門の位置に六年生から順に並ぶ。
スピーカーから行進曲が流れ始めたら、門を出て歩きはじめる。
左、右、左、右。
足をそろえて高く上げて、横の列がきれいに並ぶように歩かなければならない。
トラックのカーブでも、その状態を維持できるように、外側にむかって背が高くなるように並んでいる。
トラックを一周して、トラックの内側に入る。
赤組白組に分かれて、それぞれ学年順に縦一列に並んでいく。
前にならえをしながら、縦方向にも横方向にも一直線になるように、何度も練習させられた。
低学年には、先生たちが補助につく。
国旗掲揚では、上がっていく旗に目線を合わせて、顔も上げていかなければならない。
校長先生のお話は、直立不動で聞かなければいけない。
全員が、整然と、同じ姿勢や動きをする中で、ちょっとでも違うことをすると、目立つらしい。
動いてはいけない場面で、動くまいとすればするほど、祢子は自分が、ゆらゆら揺れているような気がしてしかたがない。
グラウンドに規則正しく立った、まっすぐな鉛筆たちの中で、自分だけが鉛筆になれない、根性なしのススキのようだ。
ラジオ体操では、今田先生が朝礼台に上がって、お手本をしながら、動きを説明する。
生徒たちがその通りにできるようになるまで、他の先生たちが見回りながら注意していく。
そんな練習が延々と続く。