長月3
あの男子たちの、ぎらぎらした目。
妙に動かない爬虫類のような目つきと、体からゆらゆらと立ち上る陽炎のような執念。
つい最近も、祢子は同じ目つきを見た。
あんなに優しそうな人だったのに、同じだった。
同じじゃないように装っても、結局、同じだった。
思い出すと、肌が粟立つ。
彼らは、何が欲しいのだろう。
その答えは、今日習わなかったことの中に、あるらしい。
各クラスで、十月にある、運動会の役決めがあった。
祢子は応援団の副団長に推薦された。
困った。
応援団なんて、絶対やりたくない。
ふさふさのポンポンを、一日中、全校生徒の前で華麗に振り回し、黄色い声で声援を送るなんて。
祢子が一生したくないことの五指に入っている。
やるしかない。
祢子はすっくと立ち上がった。
クラスメートの方に向き直り、自分は本を読んだり勉強することは好きだが、体育や、大声でだれかを応援することは苦手だ、と訴えた。
だから、道具係をしたいと立候補し、ついでにはなさんを副団長に推薦した。
思いつくかぎりの誉め言葉を並べてはなさんを持ち上げた。
はなさんは驚いたが、まんざらでもない調子で引き受けた。
こうしたらよかったのだ。
あんまりうまくいって、祢子はびっくりした。
田貫先生は黙って見ていたが、なにも言わなかった。
二組のもう一人の道具係は、なぜかそりかわくんになった。
道具係は、競技ごとに必要な道具を準備して、競技が始まる前に、決まった位置に並べておかなければならない。
その話し合いや準備が、放課後たびたびあったが、祢子には苦にならなかった。
そりかわくんも、意外とまじめにやってくれる。
絶対反発ばかりされるだろうと身構えていたのだが、拍子抜けした。
各学年の先生たちに必要な道具を聞きに行ったり、体育館倉庫に道具の確認に行ったり、足りないものを先生に報告したり。
各競技で、誰が道具の準備をするか、割り振ったり。
一組の今田先生と話す機会が増えたのは、思いがけなく嬉しかった。
今田先生は、一組の担任である。
筋骨たくましい、男の先生だ。
祢子は、五年生から担任が田貫先生だった。
六年生になる時、クラス替えを期待していたのに、クラスも担任も持ち上がりだった。
今田先生は、男子にも女子にも人気がある。
背はそんなに高くはないが、肩幅が広く、首が太く、均整の取れた体格をしている。
半袖からはむりっと盛り上がった筋肉が見えている。お腹はぺったんこだ。
しつこいところが無くて、さっぱりして、その割には面倒見がいい。
日焼けした精悍な顔のこめかみに、一筋の白っぽい傷跡がある。その傷跡さえかっこいい。
体育の授業は、一組二組合同ですることが多いが、男子と女子に分かれるときは、男子は今田先生、女子は田貫先生が見る。
男子の先頭で、今田先生が号令をかけたり、一緒に走ったり、球技に加わったりする姿を、祢子はひたすらうらやましく見ていた。
今田先生は運動会の責任者だから、各係の統括もしている。
道具係の代表は、一組の田西くんで、副代表は祢子だ。
今田先生への報告は、たいてい二人で行く。
田西くんはちょっとおっちょこちょいなところがあって、先生から言われていたことをし忘れたり、先生に言わなければならないことを言い忘れていたりする。
田西くんが困ると、祢子が横から助け船を出す。
今田先生と直接話ができるのは、わくわくする。
みんなの前では堂々と話すのに、一人二人が相手だと、今田先生はいつも用件しか言わない。
それも、目も合わさず、なんだか恥ずかしそうにそそくさと言う。
それが、祢子にはとても新鮮で素敵に見えるのだった。
今田先生に憧れる女子は多いが、不思議と誰もなれなれしくまとわりつかない。
ムキムキ筋肉をも忘れさせるほどの、今田先生の、少年のような清潔な雰囲気のせいかもしれなかった。
結婚してお子さんもいるそうだが、今田先生の奥さんはいいなあと思う。