長月1
二学期が始まった。
祢子は、夏休みの宿題の残りに、途中までの日記を入れて提出した。
どうなってもいい。
しばらくして夏休みの宿題が返されて、日記も戻ってきた。
別に、先生から何も言われなかった。
なぜだろうとは気になったが、ひとまずは助かった。
たぶん、先生はたくさんの宿題を見なければいけなかったから、忙しくて、いちいちじっくりチェックできなかったのだろう。
あんなに悩むほどのことではなかったのかもしれない。
祢子は、夏休みの日記と、それにまつわる出来事を、きれいさっぱりと忘れることにした。
なんなら、もうすでに、あの図書室での出来事は、だれか別の人に起こった事のようだった。
ある午後、女子生徒だけが一組に集められた。
男子は二組で自習だそうだ。
男子たちは、なんでなんでと騒いで、しきりに一組を覗こうとするものだから、先生たちが廊下側の窓全部にカーテンを引いた。
諦めの悪い数人が、まだ、カーテンの隙間から中の様子を知ろうと、飛んだり跳ねたりしていた。
体格のいい一組の今田先生が一喝すると、やっと二組に引っ込んだ。
席は自由と言われたので、祢子はかーこの姿を探した。
かーこの両隣も前後もすでに誰かが座っていた。
祢子は、空いていた端っこの席に一人で座った。
田貫先生と保健室の先生がやって来て、運動場側の窓にもカーテンを引いた。
先生たちは教卓を脇にずらし、白いスクリーンを真ん中に出した。
オーバーヘッドプロジェクターを点けて、光の当たり具合や焦点など調整している。
異様な雰囲気の中、女子生徒たちもざわざわしている。
「はい、みなさん、静かに。今日は、保健室の宇佐先生と一緒に、女性と男性の体の仕組みについて学びます」
田貫先生の言葉に、女子生徒たちは息を呑んだ。
祢子も、思わず生唾を呑んでから、誰にも気づかれなかったかと、そっと周りの様子をうかがった。
みんな、授業の時よりもずっと真剣な顔をしていた。
スクリーンに、人体図が映った。
宇佐先生が指示棒で、ある場所を指し示しながら、話し始める。
祢子は宇佐先生にお世話になったことはないが、三十代くらいの元気な女の先生で、生徒たちに人気がある。
「これは、女性のお腹の中です。ここに、子宮という臓器があります。
子宮と言うのは、赤ちゃんを育てる大切な場所です。
ええと、この中にも、もう生理が始まった人がいるよね?
女の子ばかりだから、恥ずかしくないよ。ちょっと、手を挙げて」
薄暗い中、半数くらいが手を挙げた。かーこも手を挙げている。
祢子は、ショックを受けた。
「はい、いいよ、手を下ろして。
それは、あなたたちの体が大人に近づいているという事です。
赤ちゃんを産めるように、大人の体に変わるのですよ。
初めての生理は、初潮といいます。
生理の説明をしますよ。
女性は、月に一度、排卵と言って、卵巣から卵子を出します。
卵子は、精子と出会ったら受精卵になって、赤ちゃんに育っていきます。
子宮は毎月、排卵に合わせて、赤ちゃんの寝床を準備します。
その寝床が、必要が無くなってはがれて出ていくのが生理です。
だから、赤ちゃんが子宮に宿ったら、生理は止まります。
生理の血が出ていくのも、赤ちゃんが生まれるときに通るのも、ちつと言う同じ道です。
ちつは、おしっこが出る穴と大便が出る肛門の間に、もう一つある穴です」
初めての話ばかりだ。
女生徒たちは、固唾をのんで聞いている。
「生理の時は、プールや、大浴場なんかには入れません。
生理痛がひどくて起き上がれないほどの人もいます。
そういう時は、気遣ってあげてくださいね」
宇佐先生は続けて、生理用品を取り出して、使い方や捨て方について教えた。
あれは、こういうことだったんだ。
いつだったか、女子が女子トイレに集まっていた。
祢子がなんだろうとのぞいてみたら、誰かが持ってきていたそれを、みんなで眺めていた。
「初潮の時期は、個人差が大きいので、早く始まる人もいれば、ゆっくりの人もいます。
初潮の少し前くらいから、女性の体は変ります。
たとえば、胸が膨らんだり、脇や下腹部に毛が生えたりします。
そういう変化の時期も人それぞれですから、自分が早いとか遅いとかで悩まないように。
人をからかったりもしないように」
続いて、男性の下腹部の断面図が映った。
形がわかりやすいので、すぐにわかった。
女子たちは、悲鳴にならない悲鳴を上げる。
「これは、男の人の性器です。
男の人は、精巣で精子を作ります。
それが陰茎、つまりおちんちんですね。そこを通って排出されます。それが、射精です。
初めての射精は、精通と言われます。これも個人差があります」
そこからもっと何かあるのかと思ったが、男性の体についての説明は、以上だった。
それから、宇佐先生は田貫先生と交代した。
時間いっぱいまで田貫先生が話したのは、男女交際のあり方だった。
自分の体をみだりに男性に触らせたりしないように。
自分の体を大切にしましょう。
まずは勉強をがんばって、立派な大人になってからおつきあいしましょう。
若くして赤ちゃんを産んでも子育ては大変で、自分だけでは世話できませんよ。
そういったことを、くどくどと話した。