表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あをノもり  作者: 小野島ごろう
41/125

葉月10

 それはそうだ。

 そう言われれば、ぐうの音も出ない。


「たぶん、日記をためてるんじゃないかなと思ってね」



 親切でしてくれたことだったんだ。

 勝手に疑心暗鬼になっていたことを、祢子は恥ずかしく思った。



「……本当にそうですね。……ありがとうございます」


「ほら、メモの続き」

「はい」



 トドさんが読み上げを再開する。

 すっきりした気持ちで、祢子はまたメモを取り始めた。






「どう? 宿題は終わりそう?」


 日記ノートを閉じながら、トドさんが聞いた。



「はい。あとは、家で日記を書きます。明後日は日曜日だし」


「そうか。……しばらく会えないね」


 明日くらいは来られるだろう、と言われるかと身構えていた祢子は、トドさんのあっさりした様子に拍子抜けした。




 でも、よかった。

 今日はもう帰ろう。

 その方がいいような気がする。




「本当に、ありがとうございます。

夏休み中、たくさん本を読ませてもらって、おやつまでもらって、宿題の手伝いまでしてもらって」



「もう帰るようなことを言うんだね。

まだ、帰らないだろう?」


 トドさんは、からかうように言った。


 祢子は困って、うつむいた。


「ええ? もう帰っちゃうの?」

 トドさんは驚いた声を上げた。


「まあ、仕方ないか。日記がたくさん残っているもんねえ」




 帰ってもいいのかな。

 ほっとして顔を上げると、トドさんが祢子の方にずいと身を乗り出してきた。



「……でも、そしたら、一つだけぼくの頼みを聞いてくれる? 

時間はあまりかからないから」



 頼みって、何だろう。

 いいよと答えてしまって、困ったことになるかもしれない。

 

 でも、こんなにお世話になったのに、すげなく断るのは、恩知らずだ。




「鬼ごっこをしてほしいんだ」


 トドさんは、恥ずかしそうにささやいた。



「鬼ごっこ?」

 あんまり思いがけなくて、祢子はきょとんとした。




「ぼくは小さいころ体が弱くてね。

友だちがいなかったから、鬼ごっこもしたことがないんだ。

窓から見ていてうらやましくてね。

こんな大人が、恥ずかしいんだけど、鬼ごっこの相手をしてくれたら嬉しいな」


「そんなことでいいんですか?」


 なあんだ。鬼ごっこくらいなら。


「してくれる?」

「はい」



「嬉しいなあ。

こんなこと頼めるのは、祢子ちゃんしかいないよ。

ありがとう」



 トドさんが喜んでくれるなら、いい恩返しになる。

 祢子も嬉しくなった。




 トドさんは、にっこりしながら立ち上がった。

 

 改めてトドさんを見上げると、圧迫感を感じるほど大きかった。

 手も足も長い。



 鬼ごっこ。


 この手から逃げられるだろうか。

 この歩幅に追いつけるだろうか。



 いや、ちょっとしてみたら、とうてい相手にならないことは、トドさんにもわかるはずだ。

 いっそのこと、早く捕まってしまえばいい。



 祢子は不安を押し殺す。



「そうだ。ただ黙って追いかけるだけじゃ面白くないよね。

シチュエーションを変えて遊ぼう」

 トドさんが、朗らかに提案する。


「シチュ……?」


「ごっこ遊びみたいにするんだ。

たとえば、そうだね。

今から、ぼくは凶悪犯。祢子ちゃんはそれを追い詰める刑事。

……ほら、なんだかやる気になるだろう?」



 確かに、面白そうだ。「けいどろ」みたいだ。



「図書室の中だけですよね?」

 ドアの外に出てもいいとなると、いつまでたっても終わらないかもしれない。



「そうだよ。

さあ、十数えて。

ぼくはどこかに隠れていなきゃ」



 最初は祢子が鬼らしい。



「あ、それから、『ごっこ』だから、なりきったつもりでね。

セリフもつけなきゃだめだよ。毛野刑事」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ