葉月7
「ねこちゃん、おじさんにお酌してくれんか」
叔父さんが猪口を差し出す。
本家の伯父さんが、「ほら」と祢子に徳利を差し出す。
仕方ないので、徳利を受け取って、猪口にいい加減に注ぐ。
あふれかけて慌てたら、叔父さんが「おっとっと」と口を近づけてすすって、お酒を救った。
そんなことでもみんなゲラゲラ笑う。
なにがおかしいのか、全くわからない。
差し出された他の猪口にも全部注いで、急いでその場を離れる。
暗くなってくると、庭で花火をする。
伯母さんが、蚊取り線香をいくつも焚いてくれる。
大きいいとこたちが、花火に火をつける。
小さいいとこたちは、興奮してきゃあきゃあ騒ぐ。
危ないので、祢子も健太も、小さい子の手を支えてやったりする。
花火の青っぽい火にまだらに照らされる、大人っぽいいとこや幼いいとこたちの、生き生きした顔。
最後にお茶漬けをいただくと、女性陣で大急ぎで片づけをして、散会になる。
酔っ払って寝転んでいたおじさんたちは、おばさんたちに揺り起こされて、しぶしぶ起き上がる。
遠くに住んでいる親戚たちがタクシーに乗り込むのを見送ってから、祢子たちも自転車で帰る。
夜の道は、信号や工事中の電灯がピカピカ光って、昼間とは全く別の道に見える。
連なって家に帰り着くと、父さんが玄関の引き戸のカギを開ける。
家の中に入りながらもう、「手を洗いなさい、うがいをしなさい、すぐ風呂に入りなさい」とせかせか言う。
楽しかった余韻が即座に吹っ飛ぶ。夢から覚めたみたいだ。
健太の後に、シャワーだけ使ってそそくさと上がると、父さんも母さんも居間に横になって目をつむっている。
寝ているのだろうと思い、起こさないように黙って二階に上がりかけたら、父さんが「すぐ寝なさいよっ」と怒ったように言う。
言われなくても寝るのに。
祢子はいろいろとがっかりする。
お盆過ぎると、クラゲが出るので、海水浴はおしまいだ。
八月の二十日近くになると、そろそろ胸やお腹の辺りがもぞもぞしてくる。
全く手をつけていない宿題を、一日どれくらいやったら間に合うだろうかと計算しながら、それでもまだ祢子はぐずぐずしている。
トドさんの図書室で、祢子は思わずため息をついた。
「どうしたの?」
「まだ夏休みの宿題が全然終わっていません」
「じゃあ、ここでしたら?」
「いいんですか?」
もちろんだよ、とトドさんはほほ笑む。
「一人でやるよりもはかどるんじゃない?」
次の日、祢子は、夏休みの宿題一式を持って行った。
トドさんが、面白そうに「見てもいい?」と聞くので、「はい」と答えた。
どうせ白紙だ。
祢子は、まず「夏休みの友」の国語から取りかかる。
トドさんはそっとしておいてくれる。
時間がいつの間にか過ぎていく。
おやつの時には、半分くらい終わっていた。
この調子だったら、国語は今日中に終わりそうだ。
「小学生も、楽じゃないね」
トドさんがつぶやく。
「夏休みの友が四冊に、漢字練習に算数ドリルに読書感想文に、工作に、自由研究?
これに、ラジオ体操とプールだろう?
いったいいつ遊べるんだろうね?」
「そう思いますか?」
「思うよ。子どもってのは、もっと遊ぶべきだ。
外で、真っ黒になって、日が暮れるまで走り回るべきだよ。
それに、勉強なんかするより、面白い本を読んだ方がずっと身に着くよ」
こんな意見の大人もいるんだ。
祢子は嬉しくなる。
だけど。
「だけど、宿題だから、仕方ないです。
宿題をしなかったら、怒られて、反省文書かされるし」