葉月6
ふすまや障子を取っ払った和室二間は、南側の広い和風庭園に面している。
奥には、床の間と仏間がある。
祢子たちのおじいさんとおばあさんは、もう亡くなって久しい。
仏壇には、いつもきれいな花やお菓子が備えられている。
誰かが上げたのだろう、線香から細い煙が立ち上っている。
床の間には骨董品の掛け軸がかかっている。
つやつやした白い石でできた観音像もある。
叔母さんに似た、細面のきれいな顔をしている。
部屋の隅には、美しい螺鈿細工の棚もある。
凝った欄間の下には、社会の教科書に出てくる昔の政治家が、揮ごうした額が掛けてある。
みんなが揃うと、本家の伯父さんと伯母さんが、みなに席に着くよううながす。
低い折り畳み式の長テーブルをいくつもつなげて、その上にテーブルクロスを掛けた細長い食卓だ。
あちこち扇風機が回っている。
床の間を背にした、一番上座には、一番上の伯母さんの旦那さんが座る。
その左右に、上座から順におじさんたちや父さん。次に大きい従兄。
その次に一番上の伯母さん、大きい従姉。
続いて、まだ手のかかる小さいいとこたちと、叔母さん、祢子の母さん、祢子と健太。
一番下座に、本家の伯母さん。
譲り合って、多少席順が変わることはあるが、だいたいそうなる。
みんなにビールとジュースが行きわたり、一番上の伯父さんが乾杯の音頭を取る。
一斉に声を合わせて乾杯をしてから、やっと、ご馳走に箸を伸ばすことができる。
本家の伯母さんは、料理上手だ。
何日も前から準備して、たくさんの種類の珍しい料理を並べる。
どれも取りやすいように、一口サイズで、汁気が無い。
汁気があるものはアルミカップに小分けにされている。
お刺身の豪華な盛り合わせもある。
欲しい料理に手が届かなかったら、皿に近い人が取り分けてくれたりする。
今回は、誰かのアイデアで、カキを焼くらしい。
大きい従兄が二人庭に出て、網の上でカキを焼きはじめる。
良い匂いと、ぱちぱちと牡蠣殻のはぜる音、煙も漂ってくる。
下座には回ってこないかと思っていたが、祢子も一個もらえた。
むせるほどの潮気が口の中に満ちて、一個で十分だと思った。
しばらく飲み食いすると、大人たちは箸を休めて話し込む。
健太は、従兄弟達と遊んでいる。
祢子は、大きい従姉とは年が離れすぎているし、小さい子の相手をするのも好きではない。
だから、母さんの側で大人の話を聞いている。
近くに座ったおばさんたちは、「学校は楽しい?」とか、「勉強は好き?」とかと聞いてくる。
祢子は、「はい」と答えるものの、それ以上何を話せばいいのかわからない。
おばさんたちは、化粧品や洋服や着物の話、私立の学校の入試や塾の話、自分の夫の話をする。
夫が仕事でどんなにすごいことをして上司に認められたか、とか、どんな役職に就いたか、というような話。
母さんは、感心しながら相づちを打っている。
「祢子ちゃん、ちょっと手伝って」
本家の伯母さんに言われて、祢子は台所についていく。
途中に通る部屋で、健太が従兄にキックやパンチを見てもらっている。
「もっと足を上げて」「脇を締めて」などと言われて嬉しそうに練習している。
男の子なんて、野蛮で乱暴だ。
祢子がちらっと見ると、従兄と目が合う。
なぜかわからないが、従兄たちのこの目は苦手だ。
ほとんど話すことも無いし、何を考えているのか全くわからない。
これから先もわからないだろう。
「スイカを切るから、運んでちょうだい」
伯母さんが土間に下りて、水を張ったたらいから、大きなスイカを重そうに持ち上げた。
まな板からはみ出しそうなスイカの、緑の皮に、伯母さんは菜切包丁を入れる。
スイカはいきなりぱっかりと二つに割れて、真っ赤な果肉を見せる。
伯母さんは、慣れた手つきで、それをさらに扇形に切り分けて、お盆に並べていく。
スイカのお盆は伯母さんが運び、祢子は取り皿とフォークを持って続く。
上座に取り皿など持って行くと、顔が赤くなったおじさんたちが次々に絡んでくる。
「おっ、すいかかあ。うまそうだなあ。
おう、ねこちゃんか。何年生になったか?」
「六年生です」
「来年は中学生か。大きくなったなあ」
「はあ」
「円周率は何桁まで言えるかね?」
「3.14までです」
「ええか、熊さんの娘なら、十桁くらい言えるようになりなさい。なあ、熊さん」
父さんが酔っ払いの半目でうなずいている。いやだ。
「祢子ちゃん、好きな人はいるか?」
「そんなの、いません」
ちょっと腹が立って言い返したら、おじさんたちがどっと笑った。
いやらしい。祢子は、むかむかしてくる。