文月14
「あらまあ。あなたが、祢子さん?」
白髪交じりの髪を後ろでゆるくまとめた、ほっそりした、色白の女の人だ。
ほほ笑むと目じりに少ししわが寄り、口元の片方にえくぼができて、感じがいい。
水を止めると、タオルで手を拭いて、祢子に向き直った。
「こんにちは。わたしのことは、タエさんと呼んでね。
坊ちゃんが待ちくたびれていましたよ。さあ、行ってあげて」
「はい。ありがとうございます」
「懐中電灯は階段の入り口にあるから、それを使ってね。
途中のドアは全部開いているから、大丈夫と思うけど、困ったらまた戻って来てね」
「はい」
思いがけずとても気持ちのいい応対で、祢子は面食らった。
タエさんに指さされた方を見ると、物置の入り口は開けたままになっている。
祢子は靴を置いて、履いた。
奥の突き当たりに、祢子の腰くらいの高さの、簡単な囲いがしてある。
囲いの内側に、四角い穴があって、下に伸びる階段がのぞいていた。
うっかりして転げ落ちないようにしてあるのだろう。
この前は、まぶしくて気がつかなかった。
囲いに、懐中電灯がひもでひっかけてあった。
囲いの入り口を押し開けながら、祢子は懐中電灯を手に取った。
スイッチを押して、先を照らしながら、地下に下りていく。
階段は十二段あった。
続く通路は、真っ暗でひんやりして、かび臭い。
一人では心細かったが、祢子はマンガ読みたさに、必死に進んだ。
通路の出口は、小さな明るいアーチ形に切り取られていた。
よかった。開けててくれたんだ。
ほっとしてそこをくぐると、左手に大きな人影があった。
祢子は飛び上がった。
トドさんがくすくす笑っていた。
「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど。
タエさんから電話があったから、待ってたんだ。
祢子ちゃん、久しぶりだね」
トドさんは、祢子の手からそっと懐中電灯を取って、ドアの取っ手に掛けた。
祢子は何度か深呼吸して、トドさんを見上げた。
「わたし、今日から夏休みなんです。たくさん読みたいです。よろしくお願いします」