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あをノもり  作者: 小野島ごろう
29/125

文月12

 白い光の中に、上に向かう階段が浮かび上がっている。


 祢子は、トドさんの手を放した。


 まだ、しっとりしてごつごつした感触が残っている。

 何かで拭き取りたくて仕方ないが、そんなことをしたら失礼だ。



「着いたよ。ここを上がるんだ」


 

 近づくと、まぶしくてたまらない。

 祢子は両手で目を覆った。




 トドさんが振り返って、祢子の両方の二の腕をつかんだ。

 祢子は驚いて目を開いて、またあわてて閉じた。

 目をつむったままもがいてみたが、大きな手はびくともしない。


「いーち、にーい、さーん」


 段を数える声と共に、祢子の体は、簡単に飛び上がった。


 

「ごめん、まぶしかったね。先に言っとけばよかったね」



 階段を上り切ると、手は離れた。

 つかまれたところが、凹んだような感じがする。



 明るさに慣れて目を開けると、また物置のようなところだった。

 真ん中の通路を挟んで、両脇に棚が作りつけられてあって、きれいに整理整頓されている。

 屋根が白っぽいトタンで、やけに明るいし、ひどく暑い。


 そうだ、夏だった。


 

 物置を端まで進むと、ベニヤ板のドアがあった。

 手前の靴脱ぎに、女ものらしい運動靴が一足、揃えて置いてある。



「祢子ちゃん、ここで靴を脱いで」

 言われるままに靴を脱ぐと、

「ああ、その靴は持ったまま。こっちに上がって」


 トドさんは靴を脱ぎっぱなしのまま、ベニヤ板のドアを開いて、向こう側に上がった。





 そこは普通の、台所だった。


 水切りには洗ったコップや皿やまな板。

 シンクの三角コーナーに野菜くず。

 ガスレンジの上には鍋とフライパン。

 瞬間湯沸かし器と換気扇。

 お盆の上に掛けてある、ピンクのチェックの布。


 


「誰のおうち? トドさんの?」


「ぼくの世話をする人に使ってもらっている。今は、買い物中かな。さあ、急ごう」




 台所を出て短い廊下を進むと、こぢんまりした玄関に着いた。


 トドさんに促されて、祢子は手に持っていたズック靴をたたきに並べた。




「いいかい、今度から帰り道に使った方の通路を使うんだよ。来た時のハッチは、もうすぐ使えなくなるから」


「どうして?」


「もうすぐあそこはゴルフ場になるんだ。

あの建物は、ゴルフ客の休憩所だよ。いろんな大人が出入りするようになる。

ハッチももう、わからないように、コンクリートで埋めてしまうんだ」



 よくわからないけど、もう「緑のトンネル」は通れない、ということかな。




「これからは、ここのカギを開けて入っておいで。

ほら、これが祢子ちゃん用のカギ」




 どこからか、トドさんがカギを取り出した。

 赤いひもが通してあって、その先には金色の鈴がついている。


 トドさんがカギを揺らして見せると、鈴がちりちりと鳴った。


 

 祢子は、カギをじっと見つめた。



「秘密のカギだよ……どうする? 持って帰る?」


 祢子は、ためらいながら首を横に振った。


「どこに隠したらいいのかわからないから」


「そうだね」




 トドさんは、玄関の引き戸をがらっと開けて、外に出た。

「おいで」


 祢子も急いで靴を履いて、追いかける。


 玄関ポーチのすぐ先に、背の高い竹垣があった。

 トドさんはその陰にしゃがんで、藍色の大きい火鉢を指さした。


 祢子が隣にしゃがむまで待って、

「いつも、ここの内側に貼りつけておくから」

 トドさんはささやいた。

「はい」

 祢子もささやき声で返す。



 それからまた立ち上がって、トドさんは玄関の引き戸の横を指さした。

 祢子も立ち上がる。



「一応、ここのチャイムを押してから、カギで開けてね。

タエさんがびっくりするかもしれないから。

タエさんには、祢子ちゃんのことは言っておくから、心配いらないよ」



 チャイムの上には、なんとか「戸渡」と読めるような読めないような、古ぼけた木の表札がかかっている。



「タエさんって、だれ?」


「ずっと前から、ぼくの身の回りのことをしてくれるおばちゃんだよ。

祢子ちゃんが生まれるよりも前から。

信頼できる人だから、だいじょうぶ」

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