文月9
せめて、靴下を履いてくればよかった。
頬や耳がかっと熱くなった。
すぐに赤くなる自分が、祢子は嫌いだ。嫌いだが、どうしようもない。
きっと、トドさんにも気づかれてしまった。
祢子がはだしに汚い靴を履いていること。そのことにたった今気づいて、穴があったら入りたい気持ちになっていることを。
こんなに近くから見ているから。
頬や首のあたりに強い視線を感じて、ますますいたたまれなくなる。
「麦茶をください」
この状況から逃げ出したくて、祢子は、がんばった。
「わかった。待ってて」
トドさんは、くすりと笑って立ち上がり、部屋の隅にある冷蔵庫を開けた。
トドさんは冷蔵庫の前に屈みこんで、中からいろいろ取り出してお盆に載せた。
お盆を捧げ持って戻って来ると、テーブルの上に、アイスクリームのカップを一つと、麦茶のグラスを二つ、置いた。
「アイスクリーム、お上がり。謎が解けたごほうび。暑い中、よくがんばったね」
祢子の斜め前の席に座りながら、トドさんがすすめる。
「いいの?」
「もちろん。早く食べないと、溶けちゃうよ」
「ありがとうございます。いただきます」
祢子は、差し出されたアイスクリーム用の木べらに手を伸ばした。
「謎は難しくなかった? すいすい解けたかな?」
椅子に深く腰掛けたトドさんが優しい声で尋ねる。
祢子は、固く凍ったアイスクリームに、小さい木のへらを突き刺そうと苦心していた。
「ほとんどは自分でできたんだけど……、でも歩道橋で、紙切れが見つからなくて。
そしたら、偶然弟が見つけたから、なんとか、ここまで来れました」
何の反応もないので顔を上げると、トドさんは黙って背もたれに頭を預け、天井を見ていた。
祢子も同じように天井を見上げてみた。
きらきらと、素敵な照明。
きっとトドさんも見とれているのだろう。
それから、再びアイスクリームにとりかかった。やっと柔らかくなってきたので、おいしく食べて、麦茶でのどを潤した。
「トドさん?」
麦茶も飲み終えたので、もう本を読みたくて仕方がない祢子は、トドさんに声をかけた。
トドさんは頭を起こして、ほほえんだ。
「ああ、ごめんね。なぞなぞをどこに隠したらよかったのか、反省していたんだ」
「だいじょうぶです。もう、ここまでの道は覚えたから。……コップ、どこで洗ったらいいですか?」
「そのままにしておいていいよ」
「でも」
「時間がもったいないだろう? ……それよりも、祢子ちゃん」
トドさんは、座ったまま身を乗り出してきた。
ほとんど祢子の目の前に、トドさんの顔が迫った。
祢子は思わず身を後ろにそらせた。背もたれに頭がぶつかった。
「祢子ちゃんは、秘密は守れるかな?」
声は優しいが、なんだか怖い。
「はい」
「ここに来たこともだけど、今から案内するところも、誰にも言わない?」
真剣な目が恐ろしくて、祢子は急いでこくこくうなずいた。
トドさんの体格の良さが、急に別の意味を帯びてくる。
ぞわっと鳥肌が立った。
しかし、もう後戻りはできない。
誰かに言う、なんて言ったら、帰してもらえないかもしれない。
だがトドさんはふっと優しく笑った。
「さすが祢子ちゃん。よかった。……誰かに知られたら、ぼくはもうここにいられなくなってしまうから」
「どうしてですか?」
「無いことになっているからさ」
どういう意味なのだろう。
じゃあ行こうか、とトドさんは立ち上がった。