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あをノもり  作者: 小野島ごろう
25/125

文月8

 「緑のトンネル」かあ。



 祢子は、すっかりその響きが気に入った。

 生垣の間の薄暗く細い道をわくわくしながら進んでいく。



 もう、ゴールは近いだろう。

 そんな予感がする。




 もうすぐ、本やマンガが読み放題だ。


 「エースをねらえ」から読もうかな。

 テレビアニメで放送されていたが、見逃すこともあって、祢子は悔しい思いをしていた。


 藤堂先輩が好きだという子が多いが、祢子は、だんぜん宗方コーチがいい。

 宗方コーチのことを思い浮かべると、ぼんやりしたいい気持ちになる。


 あれ、トドさんって、宗方コーチに似ているかも。

 祢子はどきどきしてきた。




 緑のトンネルがいきなり終わって、目の前が開けた。


 夏の白っぽい日差しの中に輝いているのは、瀟洒な洋館だった。



 平屋の寄棟造で、屋根には青い西洋瓦。

 壁は白い下見板張り。


 大きい窓は、桟で細かく区切られている。

 窓枠とその横に開いている鎧戸は、あたたかい茶色。


 洋館の周りは、広い芝生の庭。

 池と、白いブランコがある。


 芝生は、なだらかな起伏を見せながらずっと向こうの山まで続いていた。





 祢子は、ただ驚いて立ちすくんでいた。


 ここは、どこ?

 近くにこんなところがあるなんて、聞いたこともない。


 物語の世界に迷い込んだみたい。





 ふらふらと洋館に近づいていくと、正面の、厚板を鋳鉄で補強した重厚な扉が、きしみながら開いた。



「よくたどり着いたね、祢子ちゃん。さすがだね」


 トドさんが日差しの中に現れて、まぶしく笑った。






 トドさんに促されて、祢子はおずおずと洋館の中に入った。


 外は暑くまぶしかったが、中に入るとひんやりとして、穏やかに弱まった光がたまっている。


「靴は脱がなくていいよ」


 広いホールの高い天井からは、豪華なシャンデリアが下がっている。


 石のタイル張りの床の上を、トドさんのあとについて歩きながら、祢子はきょろきょろと辺りを見回した。

 こんなすごいお屋敷を見るのは、生まれて初めてだ。


 家具らしいものはほとんどない。

 がらんとしている中に、トドさんの靴音がかつんかつんと響く。



 トドさんって、すごいお金持ちなんだ。



 大きなドアを開けて、ホールの隣の部屋に入っていく。

 ここも広い。

 長い大きなテーブルを、豪華な布張りの椅子が囲んでいる。



「喉が渇いたんじゃない? 何を飲む? ジュース? 麦茶?」

 テーブルの端っこの席を勧めながら、トドさんが聞く。


「なんでもいいです」

 祢子の声は上ずっている。


「だめだよ、自分で決めなきゃ。ジュース? 麦茶?」


 祢子の肘掛椅子の横にしゃがんだトドさんが、重ねて尋ねてくる。




 まつ毛の長い、濡れたような目が、笑いながら祢子を見上げている。


 肘掛に、ごく自然に載せられた、指の長い浅黒い手。細長い形の、きれいな爪がついている。


 長い髪は後ろで束ねてある。

 ひげはさっぱりと剃ってある。

 ひくひくと動くのどぼとけの下の、真白い襟には、おしゃれな柄の裏布がちらりとのぞき、凝った形の金属ボタンがついていて、いかにも高級そうだ。




 急に恥ずかしくなって、祢子は目を伏せた。

 

 目線がどんどん下がると、落ち着きなくぶらぶらと前後に揺れている自分の足が見えた。


 普段着にしている従姉からのお下がりのスカートと、はだしの足にそのまま履いた汚いズック靴が見えた。


 週末ごとに自分のズック靴と上靴を洗うように母さんからは言われている。

 だが、週末も雨続きで洗えなかった靴は、ことさらに汚かった。


 着ている洋服のほつれは、母さんが上手につくろってくれている。

 たぶん目立たないはずだが、急に不安になってくる。





 お城に紛れ込んでしまった、貧しい女の子みたいだ。

 

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