文月4
祢子はワクワクしながら家に帰り着いて、いつものように勝手口を開けた。
その途端、父さんの怒鳴り声が響いてきた。
しまった。父さんの方が先に帰っていた。
「……こんなに遅いなんて、なにかあったんじゃないか! 迎えに行くぞ!」
「迎えにって……途中で行き違ったら……」
母さんの声は弱弱しい。
「二人で手分けして、違う道を行ったらいい!」
「でも、健太が」
「留守番させなさい! もう四年生なんだから、留守番くらいできるだろう!」
祢子は靴を脱いで勝手口から入ると、小さい声で「ただいま」と言った。
「お父さん、祢子が帰って来たよ」
母さんが勢いよく振り向き、祢子を見ると、ほっとした声を上げた。
「……遅くなって、ごめんなさい……」
祢子はおろおろと謝る。
「なぜこんなに遅くなった?」
父さんが、怒った顔で吠えながら近づいてくる。
いつものステテコの上から、休みの日用のズボンをはく途中だったようで、ボタンもチャックも開いたままだ。
父さんは母さんを押しのけるようにして、祢子の前に立ちはだかった。
母さんは、父さんの斜め後ろから祢子を見ている。
祢子は両親の視線に凍り付き、立ちすくむ。
足元の床が冷たくふわふわして、自分の体が自分のものではないみたいだ。
「……委員会活動があって……」
「委員会? 何の!?」
「……学級委員……」
「こんなに遅くなるまで!?
まず、子どもの安全が第一だろうが。
熱心な先生かもしれんが、原則はきちっと押さえてもらわないと!」
父さんの怒鳴り声はだんだん高く早くなる。
こうなると、もう、何を言っても聞いてもらえない。
でも、先生に何か言われるのは困る。嘘をついたのがばれてしまう。
祢子は必死に言い返した。
「いつもはこんなじゃないんだけど、今日はどうしても話し合わないといけないことがあって」
「なにが!? たかが小学校の学級委員くらいで、大した話し合いもないだろう!
だいたい、祢子が出しゃばって学級委員なんかになるのが悪い!」
出しゃばり。
その言葉は、祢子に突き刺さった。
祢子の目から涙が噴き出してきた。
「……出しゃばってなんか、いないもん。したくてしてるんじゃない……」
大声で言い返したつもりだったが、情けない涙声にしかならなかった。
父さんの後ろにいた母さんが、口をはさんだ。
「お父さん、もう、無事に帰って来たんだから、そのくらいにして」
「お前は、黙ってなさい!」
父さんは目を逸らして、なおもいらいらと怒鳴ったが、声が幾分小さく低くなった。
母さんは、さっさと食卓の準備を始めた。
「お腹空いたろう。……さあ、ごはんにしようね。手を洗っておいで」