皐月2
祢子は一人で階段を下りた。
「おじゃましました」と玄関で声を上げると、ドアから出た。
未練がましくゆきちゃんちを振り返ると、レンガ調の壁に洋風の屋根のおしゃれな家だった。
ここら辺に多い、土壁の上にトタンを張った家の中で、場違いなほど際立ってハイセンスだ。
入る時には気がせいてよく見なかった。
また誘ってもらえるかもしれないので、しっかりと外見を覚えておかねば。
たぶんあそこがゆきちゃんの部屋だろう。あそこにマンガの本棚がある。
見上げていると、窓ガラスの向こうのカーテンが、かすかに揺れた。
家路をたどりながら、祢子はマンガの続きが気になって仕方がない。
片思いの少年とすれ違ってばかりだった少女は、最後に両想いになったのだろうか。
たぶんハッピーエンドだと思うけど。
ゆきちゃんがもう少し待ってくれたら。あとちょっとだったのに。
家が見えてきた。土壁にトタンを張って、灰色のセメント瓦を載せた二階建ての家だ。
「ただいま」
庭に面した廊下の掃き出し窓から、祢子は家に入った。
「お帰り」
向こうの台所の方から母さんの声が答える。
母さんを手伝わなきゃ。
居間を通り抜けて台所に行こうとした時。
障子の影から、背筋も凍る叫び声を上げて、何かが飛び出してきた。
「あばばばば~」
祢子はびっくりして飛び上がり、座卓の角にすねをぶつけた。
弟の健太が、腹を抱えて大笑いしていた。
祢子の頭に血が上った。
祢子は猛然と、健太に飛びかかった。
「ねえちゃん、ひいって。すごい顔して、カエルみたいにぴょ~んって飛び上がってた。あははは、ねえちゃんのあの顔。はははは、おかしいったらありゃしない。ねえちゃん、びっくりしたろ? あっははは」
座卓の周りを、二人はぐるぐる回った。
健太は祢子をからかいながら、祢子の手が届かないように、絶妙に反対側に動く。
二つ年下の健太は、このごろ急に背が伸びて、すばしっこくなった。
祢子はとうとう息を切らして立ち止まり、思い切りにらみつけた。
この血走るほどの視線に殺傷能力があれば、健太は既に息絶えているはずだ。
が、健太は相変わらずにやにやしている。
憎たらしくて憎たらしくて、どうしようもない。