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あをノもり  作者: 小野島ごろう
18/125

文月1

 六月の下旬は暑く晴れた日が続いた。

 七月に入ると、また来る日も来る日も雨ばかりになった。




 朝から、祢子は先生の手伝いで印刷室にいた。



 印刷室は狭い。

 いろんな紙や印刷道具、印刷台が所狭しと置いてある。

 二人でいるのは、とても窮屈だ。


 祢子は、登校時に濡れてしまった服が、先生に当たらないように気を付ける。



 先生は女の人の中では背が低い方だが、頑丈そうな体格をしている。 

 スカートをはいた胴回りは熱くがっしりしていて、半袖から覗く二の腕が太く強そうだ。



 いつも教室で先生の真ん前に座っているのに、すぐ横にいると、なんだか落ち着かない。

 ちびでやせっぽちの祢子なんて、弾き飛ばされそうだ。



 結露で曇っている窓の外は、耳に慣れたざあざあ雨の音。

 長雨で湿ったわら半紙の匂い。インクの匂い。




 先生は、あらかじめ鉄筆で切ったガリ版の原紙を、輪転機のドラムに上手に巻き付ける。

 原紙にインクをつけて、ハンドルを回して何枚か試し刷りをしてから、一気にクラスの人数分三十五枚を印刷した。



 ドラムのこっち側に置いてあるわら半紙が、ぐるん、ぐるんと回るドラムに押し出されて飛び出すと、あら不思議。学級だよりに変身している。



 田貫先生は字が上手だし、絵や図も入っていてわかりやすい。


 次々に重なっていく学級だよりを読み取ろうとすると、目が回りそうになる。


「はい、毛野さん。インクが乾いたら、クラスに運んで配っておいて。

先生はちょっと、会議で遅くなるかもしれないから、朝の会は済ませておいてね。

『今日のめあて』は黒板に書いているから」



 朝の会を、先生無しで。


 内心おじけづいたが、祢子は「はい、わかりました」と答えた。





 日直は出席番号順に、男子一人、女子一人の二人でやる決まりになっている。

 今日の日直は、確か、さかした君とゆきちゃんだ。



 祢子は、教室に帰ると、ゆきちゃんを見つけて、「先生が間に合わないから、さかした君と、朝の会を始めて」と頼んだ。



「え~、さかしたと~?」


 ゆきちゃんは、露骨に顔をしかめた。

 祢子はひるみかけたが、がんばった。


「だって、日直だから。お願い。このプリントも配って」


 ゆきちゃんはじろりと祢子をにらんだが、仕方なくさかした君を呼んだ。

「さかしたー、日直でしょ。朝の会やるよ」



 後ろの道具だなの前で、かいの君やそりかわ君とふざけていたさかした君は、

「え~、にっちょくう~? いや~ん、ばっか~ん、そこはだめ~え」


 相変わらずおふざけモードだ。



 ゆきちゃんが怖い顔でさかした君に近づくと、さかした君はきゃあ~、と言いながら逃げ始めた。


「こらあ、さかした、まじめにしてよ。先生に怒られるよ」


 ゆきちゃんと祢子が口々に非難すると、


「いっつも怒られてるから、別に。い・ま・さ・ら。

告げ口したけりゃすればいいじゃん」


 そりかわ君が冷たく言い放った。




「告げ口なんてしない」

 祢子は、腹が立った。

「告げ口なんて、したことなんてない」


「へへ~ん、先生からひいきされてる人は、さっすが、ごりっぱだね~」


 祢子は、そりかわ君とにらみ合った。

 言い返したいのに、なんと言い返したらいいのか思い浮かばない。

 喉の奥にかたまりがつっかえている。




 クラスのみんなは、遠巻きにささやきながら見ている。だれも割って入ろうとしない。


 ゆきちゃんは、さかした君も日直の仕事もあきらめて、自分の席に戻ってしまった。

 横向きに座って、後ろの子とひそひそ話している。


 それでも、朝の会をしないと。

 祢子がそう、言い返そうとしたとき、先生が教室に入ってきた。




「何しているんですか! 日直は? 朝の会は終わったの? 毛野さん?」


「……まだです、……すみません」

 祢子はうなだれる。


 さかした君とゆきちゃんは、硬直している。

 みんな急いでがたがたと席についた。


 田貫先生が、仁王立ちになって、すううと深呼吸した。


 ああ、また長い長いお説教が始まる。






 

 あの日から、トドさんは影も形もなかった。

 いつもの公園にもいないし、その近くにもいない。


 初めはおそるおそる公園に目を走らせ、ちょっとほっとしていた祢子だが、あんまり会わないものだから、だんだん腹が立ってきていた。




 勝手に約束していて、知らんぷりするなんて、ひどい。

 本がたくさんあるなんて、嘘をついたのかもしれない。だから、隠れているんだ。




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