水無月11
赤みのない薄い唇が、ゆっくり動いた。
傘をさした背の高い後ろ姿が遠ざかっていく。
枝道の角に立ったまま、祢子はぼんやりと見送った。
黒い靴のかかとが水をはね上げ、ベージュ色のズボンの裾が、濃い色になっていた。
後ろで結んだ髪が、傘の陰に見え隠れしていた。
「ただいま」
「おかえり。濡れていない?」
母さんはダイニングテーブルで、スターシールを台帳に貼っていた。
買い物したら、お店でもらえるシールだ。
暇なときに、母さんはシールを台帳に貼りつける。
台帳がいっぱいになったら、冊数に応じて景品をもらえるのだ。
健太が、母さんの横の席に座って、景品のパンフレットを熱心に見ている。
そこは、祢子の席だ。
「母さん、おれ、このプラモデルがいいと思うよ」
「だめだって。健太が決めることじゃないじゃん」
祢子はいらついて、健太をとがめた。
母さんが欲しいものに換えるんだから。母さんが買い物でもらってきたんだし。
「姉ちゃんに言ってないもん。母さんに言ったんだもん」
ねえ、母さん、と健太が母さんにすり寄った。
母さんは、にっこりした。
「そうねえ、そのうちね」
母さんは健太に甘えられるのが好きなのだ。
さっきのことを母さんに言おうと思っていたが、祢子は気が変わった。
「宿題してきま~す」
「おやつは?」
「いらない」
母さんは、変な顔をしたが、祢子が急によいこになったと思ったのかもしれない。
「大雨が降るはずねえ」
「大雨、大雨、ざあざあ、ざあざあ」
本当に健太は憎たらしい。
また宿題忘れて、立たされればいいんだ。
健太がわたしのクラスにいたら、絶対最後列に決まってる。
そう考えると、祢子は少し溜飲が下がった。